「高畑監督も訪れた 井上ひさしさんが集めた「本の大海」」

以下、朝日新聞デジタル版(2020/9/19 14:58)から。

 山形県川西町出身の作家・劇作家の井上ひさしさんの「没後10年企画展」のⅡ期目「ふるさとは本の海」が、同町の遅筆堂文庫で開かれている。同文庫には井上さんから町に寄贈された22万点の本や資料がある。その「本の大海」から、初公開となる「四千万歩の男」の創作ノートなど計約150点を展示している。

 井上さんは執筆テーマを決めると徹底して資料を集め、すべて読み込んだ後でなければ執筆しなかったという。今回は小説「腹鼓記(ふっこき)」「四千万歩の男」「不忠臣蔵」や、戯曲「イヌの仇討(あだうち)」に関する資料を紹介している。

 「四千万歩の男」は江戸時代に全国を歩いて日本地図を作った伊能忠敬を描く。創作ノートには、作品タイトルを「三千五百万歩の男」とした後に「三千八百万」と直し、さらに「三千九百万」と朱を入れ、最終的に「四千万」に決めた形跡が残る。

 また、伊能の歩いた距離を「3万5108・36km」とし、1歩90センチと仮定して約3900万歩と推定したことがうかがえるメモもあり、会場には仮定した歩幅の90センチを示す足跡も貼っている。

 討ち入りに加わらなかった家臣たちを描く「不忠臣蔵」では、井上さんが作った「吉良邸」の内部図などを展示。地図好きだという井上さんは著書に「作品の舞台となる場所の地図をつくるのも欠かせない執筆前の儀式になってしまっている」と記している。

 また、忠臣蔵を題材にしたことについて、井上さんはかつての対談で江戸時代には主君のためのあだ討ちは少なく、忠臣蔵で討ち入りに加わった家臣の方が少数だったと指摘。「珍しいケースなのにあたかも日本人の行動の手本みたいになっている。特殊な例で一般論を言っているようなところが、危険だって気がする」と語っていたという。

 狸(たぬき)と狐(きつね)の化かし合いに人間界も巻き込まれ、言葉遊びと予期せぬ展開が絶賛されたという「腹鼓記」に関する展示では、井上さんが東京・神田の古書店に「狐と狸、人を化かすもの」の資料集めを依頼し、関係本を「ごっそり集めた」というエピソードも紹介。井上さんが収集した資料を見るため、アニメ映画「平成狸合戦ぽんぽこ」の故・高畑勲監督も制作段階で同文庫を訪れたという。

 遠藤敦子学芸員は「地図をつくることで、時代背景を読み取り、街並みも生き生きと描くことができたのだと思う。創作ノートの字や図はわかりやすく、楽しんで見てもらえると思います」と話している。

 同文庫は今年度、Ⅰ期からⅢ期まで年間を通した没後10年展を企画している。Ⅱ期目は11月3日まで。月曜休館だが祝日は開館(9月23日は振り替え休館)。入場無料、問い合わせは同文庫(0238・46・3311)へ。(石井力)