マーケット大通り

 私が住み始めたアパートの眼の前には、マーケットストリートがある。マーケットストリートはサンフランシスコを斜めに横切る大通りでサンフランシスコ市内の目抜き道路である。
 合州国の、それも都会の通りを歩いていると映画を観ているような錯覚にとらわれる。アメリカ映画をそれなりに見慣れてきたせいか、このマーケットストリートも初めて見るという気がしない。現実に見ている世界と映画の世界とが倒錯して、自分もエキストラとして映画製作に参加しているような気分になる。
 通りの店には黄色の地に赤い文字というけばけばしい原色の看板が目立つ。漢字やひらがなのない、アルファベットの世界。「子猫ちゃん」という本来の意味の他に卑猥な意味を表すPussy Catという看板が見える。全米チェーン店をもつことで知られたポルノ映画館だ。そういえば、カリフォルニア、とくにサンフランシスコはポルノで有名であるということをかつて聞いた記憶がある。

 アパートから一区画(one block)行ったか行かないかのところに、靴や下着・毛布を売っている雑貨屋、映画館、グロサリーストア、大衆的なチャイニーズレストラン、薄汚れたカップでトーストといろいろな卵料理を注文できる朝食専門のコーヒーショップなどが軒を並べている。こうした店の中に、○×Discountsと看板に書かれた電気屋がある。特売だとか、何ドルお買い得だと、やたらにSaveの文字が目立つが、その張り紙の古さから判断するに大分前に貼ったものだろう。毎日特売では、特売の意味がなくなるのは日本も合州国も同じだ。
 狭い入り口の左右に時計だのテレビ・ラジオなどの家庭電化製品がウィンドウに飾ってある。日本でいえば、質屋のような店である。お目当ての白黒テレビもあるが、名札がかかっていないので値段がわからない。胡散臭い店だから他に行こうとパートナーが促すが、合州国に来てから店もじっくりと見たことがない。どんなものか、参考までにまず入ってみることにする。