私の学びたかったCALL

 今回の海外研修で、さて何を学ぼうかと考えたとき、いろいろと考えたのだが、CALLにしようと私は決めていた。
 CALLとは、Computer Assisted Language Learningのことで、一言でいえば、「コンピュータを支援道具として活用しながら、言語を学習すること」だ。このCALLの中でも、とくに私は「コーパス言語学」という奴をやってみたかった。日本人学習者にとっての困難が、コーパス言語学(Corpus Linguistics)で多少解決する部分があると思っていたので、その問題意識を自分なりに深めてみたいと思ったからだ。それで、オセアニアでは、この分野で権威である、メルボルンのある大学の大学院で学ぼうと思って、その教授に電子メールで問い合わせをした件は前にも少し触れた。
 私の研修期間は1年間と限られている。贅沢をいわせてもらえば、1年間ははなはだ中途半端な期間だし、日本の学期制とオセアニアはとっても折り合いが悪いから2月から始まっているコース途中の4月から潜り込めないかと、あちこちの大学院に問い合わせをしていたのだ。メルボルンのその権威ある担当教授からは、困難があるけれどもやってみようとの快諾をいただけたので、昨年(2003年)の11月17日にその大学から正式に合格証をいただいて以来、事務的な作業をすすめ、クレジットカードの番号も知らせて学費を納めようとする段階まで行ったのだけれど、最終確認をしてみたら、事務方からは、途中入学なんて前代未聞で、全く無理であるとの返事が届いた。私にしてみれば、まさに寝耳に水。事務宛にも、その教授とのやりとりをコピーでとうの昔に送っていた私は、それまでの経緯を再度全部説明して自分の正当性を主張したのだが、事務方からは、2学期からの入学をお勧めするとの一点張りだった。
 とにかくこちらはお願いする立場である。そこはCALLの牙城ともいうべき専門機関だったので、最前線の研究を見るだけでも勉強になると思っていた私は、どうしても最前線の内容を消化するための時間が必要だと考えていた。二学期だけではほとんど何も学べない。だから7月からの入学ではなく、どうしても4月からの中途入学をしたかったのだけれど、結局二学期7月からの入学なら辞退せざるをえないと判断し、泣く泣くメルボルンの大学を辞退したのだった。