野村芳太郎監督の「張り込み」を観る

張込み

 映画「張込み [DVD]」は、松本清張原作、野村芳太郎監督、橋本忍脚本による1958年の作品。
 暑い暑い夏。強盗殺人犯人の片われが、今は三人の子どもがいるけちな銀行員の後妻になっている昔の恋人のところに接触しに行くのではないかという薄い期待感から、夜行列車で二人の刑事が佐賀に向かう。
 こうした設定から、すぐに観客は、この二人の刑事の視点で、列車の旅をともにすることになる。当時の平均的日本人で長旅ができる人たちは限られていただろうから、観客は、映画の中で、二人の刑事とともに旅をすることになる。だから、「張込み [DVD]」は、ある種のロードムービーなのだ。1958年当時の日本の様子もわかる点というでも「張込み [DVD]」は貴重な古典だ。
 佐賀に到着してからは、横川さだ子の家の前の旅館に陣取り、いよいよ張り込みが始まる。観客の視点は、刑事の視点と全く同じで、ゆるがない。
 それで、横川さだ子を、観客もじっくりと観察することになるわけだが、高峰秀子が演じるこの横川さだ子の日常は、なんとも退屈きわまりない暮らしぶりでドラマがない。
 観客も二人の刑事と同時に張り込みをすることになる横川さだ子。その若い刑事がさだ子の後を追いかける際に、傘をさしたさだ子の、その傘が印象的な場面が続く。退屈極まりない暮らしぶりの彼女が、昔の恋人と再会するときに、どうなるか。そこが、この映画の最大の見所だ。
 野村芳太郎監督に対する私の興味は、黒澤明監督のもとで助監督として修行をし、山田洋次監督を育てたという点につきる。野村芳太郎は、現場の空気感を取り込むロケが上手だったと聞いているが、この映画を見れば納得できるに違いない。
 強盗殺人犯人の石井役を田村高廣が、その元恋人役の横川さだ子を高峰秀子が、二人の刑事のうちの下岡刑事役を溝口清二が好演している。