ピーター・バラカン氏の「魂のゆくえ」を読み始めた

魂のゆくえ

 「ラジオのこちら側で (岩波新書)」が大変面白かったので、ピーター・バラカン(Peter Barakan)氏の「魂(ソウル)のゆくえ」を読み始めた。
 これも大変面白い。
 もう大昔のことだが、俺が中学生になったときは、Beatlesも、"Hello, Goodbye"(1967)がはやっていた頃で、Beatlesの古典である"With the Beatles"や"Second Album"に納められている"Roll Over Beethoven" や"You Really Got a Hold On Me,""Money,""Please Mister Postman,"などは、さかのぼってあとで聞くようになり、それらはBeatlesのオリジナルではなく、アフリカ系アメリカ人(黒人)の曲のカバーであったのを知ったのは、高校生になってからのことである。
 俺はファンではなかったけれど、俺が中学生の頃は、Monkeesがテレビでやっていて、ラジオはヒットチャートとバブルガムミュージックの紹介が主流だった。
 "Blowin' In the Wind"(「風に吹かれて」)も、まず、Peter Paul & Maryの歌で知って、Bob Dylanのオリジナルは、知人にすすめられて高校時代に聞き始めた。若いのにしゃがれた悪声だったが、すぐに魅せられて、「これだ(This is it!)」と感じた。
 バブルガムミュージックやミューザックは早めに卒業し、オリジナルを求めたい気持ちはあったけれど、なかなかルーツミュージックにアクセスできないのは小遣いがそれほどあったわけではない中高生だったから仕方がない。
 高校生になってからはNeil Youngを愛聴し、Carole King, James Taylorなど、西海岸のロックとフォークロックや聞きやすいシンガーソングライター系の音楽*1を聞くようになり、The Bandも好きになった。Smokey RobinsonやHolland-Dozier-Hollandの名前を知るのはあとのほうだったし、そうした著名な名前は知ったとしても、 James Brownを所有することはなかった。これは俺が聞いていたラジオ番組ではJames Brownがあまりかかっていなかったということもあるけれど、当時の俺はウェストコーストの音楽家たちやシンガーソングライターたちの系譜と系図を知るだけで精一杯だった。
かけだし英語教師になった頃、自分で編集したソングブックの中には、それまで自分が聞いてきたものの中から歌詞として面白いものを選んだ。それまでに気になっていたRandy NewmanやJohn LennonPaul SimonStevie Wonderも当然入れた。
 思い起こせば、Linda Ronstadtの"Prisoner In Disguise"(1975)で、Smokey Robinsonの"Tracks Of My Tears"やHolland-Dozier-Hollandの"Heat Wave"を知った。つまりAsylumレーベルのウェストコースト系のミュージシャンのカバーから黒人の音楽に接することになったわけだ。
 ピーター・バラカン氏は、ビートルズローリングストーンズやエリッククラプトンが黒人のブルースやR&Bから学んだ経緯と同じ文脈で、白人の音楽の背景に黒人の音楽、ソウルを感じ取っていたのだろう。入口がCrosby, Stills, Nash and Youngなど、ウェストコーストからアメリカ音楽が好きになった俺とは、そもそも違う系譜であった。
それでも、Charlie Parker, Miles Davis, John Coltrane, Thelonious Monkなど、Jazzの系譜にも興味をもち、その後、Robert Johnson, B.B.King, T-Bone Walker, John Lee Hooker, Elmore James, Freddie King, Howlin' Wolf, Sonny Boy Williamson, Ray CharlesなどのBluesのCDも購入したものだ。
 Allman Brothers Bandが、それらBluesに敬意を払ったアルバムなどを愛聴したことも昔のことになるけれど。
 「魂(ソウル)のゆくえ」には、カントリーミュージックについての考え方など、いろいろと面白いことが書いてあったし、スティービー・ワンダー(Stevie Wonder)のことなど書きたいことがたくさんあるが、きりがないので、今日のところはやめにしておこう。

*1:RepriseやAsylumのレーベルのものをよく聞いた。