"Louisiana 1927"の"They're tryin' to wash us away"

Good Old Boys



 アルバム"No Nukes"とRandy Newmanの"Good Old Boys"の"Louisiana 1927"を素材にして3・11のことに触れた。
 "Louisiana 1927"についていえば、テーマのひとつは「自然災害」か「人災」かということで、以下のような問題提起もした。

"Loo-eez-ee-ann-a, they’re tryin’ to wash us away"と歌の中で繰り返されるが、このtheyは何を指しているのか。自然なのか人間なのか。だらしのないことに正直よくわからない。洪水(the floods)と考えるのが普通だが、私にはこれは狭義には大統領らの政治家を、広義には人間を指し、したがって政治の貧困を、そして人災を表現しているように思えてならない。

 問題は、このtheyが何を指すのかということだ。
 英語でtheyといえば、複数形ということだが、モノであれ、人間であれ、複数であれば、それはtheyである。
 「だから」というべきか、「だが」というべきか、これを日本語に訳すとなると、途端に困ることになる。
 余暇の過ごし方として音楽を聴くことくらいが自由を感じられる数少ない身近な手段であったこと、それに英語を学びたい・学んでいたということもあって、俺は中学・高校時代からずっと、フォークミュージックやポップス・ロック・ジャズを聴いてきた。その嗜好性はワールドミュージックなど、英語に限ったことではないから、音楽好きであることに違いないが、それでも対象の大半は英語で歌われるポップス・ロック・ジャズだ。
 それでも、大変情けないことに、このtheyが何かわからないということを率直に書いた。
 ところで英語の母語話者だが、英語の母語話者はどう聞いているのかといえば、変な表現になるけれど、このtheyは、theyのまま聞いているはずだ。
 日本語に訳そうとすると、「必死の飛躍」が求められ、大変なことになるけれど、このtheyは複数形のtheyとしてしか聞こえていないはずだ。そして、当然のことに、通常は、このtheyは"the floods"(洪水)として聞いていることだろう。自然災害をテーマとして歌われているのだから歌詞の流れとしても、常識的にも、当然のことだ。
 そこで、知り合いのアメリカ人に聞いてみた。
 知り合いのアメリカ人も、ハリケーンカトリーナが来襲するときまでは、このtheyは「洪水」(the floods)と思って聞いていたけれど、ハリケーンカトリーナに襲われてからは、1927年の洪水対応で政府が堤防をダイナマイトで吹き飛ばし金持ちの住む地域を救って、その結果、貧乏白人を含む大半がアフリカ系アメリカ人を洪水の犠牲者にしたこと、カトリーナはその歴史の繰り返しに過ぎないと話題になってからは、このtheyは、堤防を吹き飛ばした政府権力と考えるようになったと伝えてくれた。また、このusは、貧乏人、大半はアフリカ系アメリカ人、つまり黒人であることも。
 私の言いたいことは、知り合いのアメリカ人の思考回路は私のそれとはほぼ同じであったということだが、usの理解は私とちょっと違っていた。
 それは、Randy Newmanの"Good Old Boys"には、アフリカ系アメリカ人に対する差別意識や憎悪など、貧乏白人の視点で表現されているものが多く、それがアルバムのひとつのコンセプトになっているから、このusは、私には「貧乏白人」として聞こえ続けていたからだ。たしかにハリケーンカトリーナがあからさまにしたように、ハリケーンは自然災害なのだが政治の貧困から人災という性格が出てしまうというのが、悲しいかな今日の現実なのだ。1927年の大洪水もハリケーンカトリーナも、その意味で同じことの繰り返しだという観察と、いつもいつも貧乏人と弱者にひどい被害が集中するというのが古今東西同じ現象なのだろう、全く悲しいことに。
 これが正解だということが言いたいことではもちろんない。
 あらためて聞いてみると、一回目のtheyは、the floods、二回目のtheyは、the government powersと聞こえないこともない。
 以上はひとつの解釈に過ぎない。
 いずれにしても、それほど、訳詞というのは難しい。
 このtheyが物も人も両方を指すような日本語で訳し、あとは聴衆の想像力に任せるような訳詞が落ち着くべきところなのだろう。
 歌詞の日本語訳というのは、バブルガムミュージック程度の歌詞なら雑作もないけれど、ロック系の歌詞となると、二重の意味をもたせたり、わざと曖昧な意味不明の表現にしたりするから、大変な作業となる。英語にも音楽にも興味のある私だが、ロック系の歌詞の訳詞となると、全く自信がない。そのことをあらためて確認した次第である。