Randy Newman の "Sail Away" (1972)

 Randy Newman の "Sail Away" という唄は、Randy Newman の 4枚目*1のアルバム "Sail Away"*2のトップを飾るタイトル曲。

 ローリングストーン誌が選ぶ500曲のうち268位になっている(Sail Away (Randy Newman song) - Wikipedia)。

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"Sail Away" Randy Newman (1972)

 Randy Newman は、彼自身のちに映画音楽をたくさんつくることになるのだけれど*3、彼の親族には、Alfred Newman, Emil Newman, Lionel Newman など映画音楽での著名人がいる。"Sail Away"は、ランディの作風にふさわしくランディのピアノに映画音楽風のオーケストラが入っている。その指揮棒を振るのは親族のエミル・ニューマン*4だ。

 以下、YouTubeで "Sail Away" を聞くことができる。

www.bing.com

 

 ランディ・ニューマンは、当の本人、主人公になりすまして歌うことが多い。

 "Sail Away"では、アフリカに出かけていって、アフリカ人に対して、恵まれたアメリカという約束の地に一緒に行こうよと甘い言葉をかけて誘う奴隷商人・船長役だ。

 奴隷売買(slave trade)は許されないというダイレクトなメッセージを避けている。大きな枠組みでみれば、皮肉を込め、批判している唄ということになるのだけれど、オーケストラで奏でる楽曲はまさに奴隷商人として誘っているのである。

 ランディ・ニューマンの得意とする手法だ。

 以下、歌詞(RANDY NEWMAN - SAIL AWAY - REMASTERED LYRICS (songlyrics.com))の訳詞を試みてみたい。

In America you'll get food to eat
Won't have to run through the jungle
And scuff up your feet
You'll just sing about Jesus and drink wine all day
It's great to be an American

(拙訳)

アメリカじゃ食べものに困ることはないよ

ジャングルを走り抜けることもないし

足を引きずって傷つけることもない

キリストを讃えて歌い 日がなワインが飲める

アメリカ人になるってすごいんだぞ

 

Ain't no lions or tigers ain't no mamba snake
Just the sweet watermelon and the buckwheat cake
Everybody is as happy as a man can be
Climb aboard little wog sail away with me

(拙訳)

ライオンもトラもいねえし 毒蛇もいねえ

代わりに 甘いスイカとそば粉のパンケーキがある

みんな最高にしあわせさ

さあ乗れよ 黒んぼ 俺といっしょに 遥か彼方 船旅に出かけよう

 ain't は学校では教えないが、"am not" "is not" "are not" "has not" "have not"の短縮形。正しくないとされるが、よく使われる。ain't no で、否定を強めている。

 スイカ(watermelon)は暖かいところであればどこでも栽培されるが、アメリカ合州国では、とくにフロリダ・ジョージア・テキサス・カリフォルニアが4大生産地と言われている(Four States Account for Most U.S. Watermelon Production | Farm Equipment (farm-equipment.com)) 

 つまりジョージアなどの南部においても大衆的な食べ物なのだが、黒人に対する偏見や黒人差別と関連づけられてきた食べ物であることに注意が必要だ。スイカに全く責任はないのだけれど、スイカには黒人差別の道具として使われてきた歴史がある(Watermelon stereotype - Wikipedia)。

    buckwheat cakeは、一般にはそば粉のパンケーキのことだが、アメリカでは食べ物に不自由しないという意味以上の意味するところはわからない。buckwheat cakeは、 ”Oh Susanna”にも出てくる*5。また、Cow Cow Davenportの唄の題名に"Buckwheat Cake"というものがあるが、やはりアメリカでは食べ物に不自由しないという以上の意味するところはわからない。

 "wog" は、アジア人やアフリカの肌の色が浅黒い有色人種をさすイギリス人が使う侮蔑語。相手に対する呼びかけに過ぎないが、"wog"にlittleがついているから、歌い手(主人公)のお里が知れるということになる。ここでは、奴隷商人がアフリカ人に呼びかけていることになる。

Sail away sail away
We will cross the mighty ocean into Charleston Bay
Sail away-sail away
We will cross the mighty ocean into Charleston Bay

(拙訳)

さあ いよいよ 遥か彼方 船旅だ

俺たちゃ 大海原を越えてチャールストン湾へと入るんだ

さあ いよいよ 遥か彼方 船旅だ 

俺たちゃ 大海原を越えてチャールストン湾へと入るんだ

 チャールストンは、サウスカロライナ州(South Carolina)南東部に位置する州内最古の港湾都市チャールストン湾(Charleston Bay)とは、アメリカ合州国サウスカロライナ州にあり、歴史的には奴隷売買で知られたところである。

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Charleston, South Carolina

In America every man is free
To take care of his home and his family
You'll be as happy as a monkey in a monkey tree
You're all gonna be an American

(拙訳)

アメリカじゃ みんな自由で

家庭と家族を大切にしている

ここの木の上の猿と同じくらい幸せになれるぞ

お前らはみなもうすぐ偉大なアメリカ人になるんだ

 

Sail away sail away
We will cross the mighty ocean into Charleston Bay
Sail away-sail away
We will cross the mighty ocean into Charleston Bay

(拙訳)

さあ いよいよ 遥か彼方 船旅だ

俺たちゃ 大海原を越えてチャールストン湾へと入るんだ

さあ いよいよ 遥か彼方 船旅だ 

俺たちゃ 大海原を越えてチャールストン湾へと入るんだ

 サウスカロライナ州(South Carolina) の チャールストン湾(Charleston Bay)にあるHome The Old Slave Mart Museumは、黒人奴隷売買の歴史展示物を扱ったアメリカ合州国では初めての博物館である。1938年、奴隷売買をおこなっていたところを買った女性がOld Slave Mart Museum (旧奴隷市場博物)にしたという。

 以下は、C-Span の都市ツアー番組*6から。

 ヴァージニア州リッチモンドから奴隷を歩かせてこの市場のオークションに越させたり、オークションで高く売るために、石鹸を使わせてきれいにさせたり、パーム油を塗らせて健康に見えるようにした話を学芸員がしている。

 健康で働ける奴隷ひとりの価格は、今日の金額でいえば、35000ドル(385万円)だという。

   技術などをもっていればもっと高く売れた。エージェントがいるわけではないので、奴隷自身が、一生懸命働く、技術をもっている、妻と子どもをいっしょに買ってくれとお願いすることもあったという。

www.youtube.com

 

"Slave Trade from Africa to the Americas 1650-1860" (from Richmond.edu.)

 上記の地図(Map of the Week: Slave Trade from Africa to the Americas 1650-1860 | Mappenstance. (richmond.edu))は、1650年から1860年のアフリカから北アメリカや南アメリカやヨーロッパへの奴隷売買の動きを示したもので、北アメリカのチャールストンも掲載されている。

 ナショナルジオグラフィック(How slavery flourished in the United States in charts and maps (nationalgeographic.com))にもアメリカ合州国の奴隷波止場の地図が掲載されている。

"Slave Ports of the US" (from National Geographic)

"Census of Slavery"  (from National Geographic)

 以下は、南北戦争までの奴隷数の増減を示したもの。

"The Rise and Fall of Slavery" (from National Geographic)

 "Sail Away"には、奴隷制(slavery)についてのダイレクトな叙述が歌詞にはないから、早とちりする人間がいるのだろう。

 皮肉がわからないというのは大変困るのだが、"Sail Away"は高田渡さんの「自衛隊に入ろう」(1969)のような唄だから、「自衛隊に入ろう」なら、いまの日本では文字通りに受け止めて皮肉が全く通じない可能性が高い。

 "Sail Away"は、多くのアーティストによってカバーされているが、そのうちの一人ボビー・ダーリン(Bobby Darin)は「よく理解していなかったんじゃないかな。アメリカに来る楽しい唄のように彼は歌っていたから」とランディ・ニューマンが語っている。Sail Away (Randy Newman song) - Wikipedia) (Sail Away by Randy Newman - Songfacts)。

 皮肉がわからないというのはシャレがわからないのと同じで大変困るというのは共通のことのようだ。

*1:1枚目が”Randy Newman Creates Something New Under the Sun”(1968),。2枚目が"12 Songs"(1970)。3枚目が"Live"(1971)。

*2:Randy Newman の "Sail Away"については、たとえば、ネットであれば次を参照のこと。Randy Newman - Sail Away

*3:一例をあげれば、"Ragtime"(1981)、"The Natural"(1984)、"Toy Story"(1995)。

*4:エミル・ニューマンはアルフレッド・ニューマンの弟で、ランディからすればおじにあたる。ランディ・ニューマンの父親だけが音楽業界に進まず医者になった。

*5:フォスターの"Oh, Susanna"は、彼の初期作品の"Old Uncle Ned" and "Oh! Lemuel"と同じく、差別語のN wordが使われている唄。

*6:C-Span の都市ツアー番組は、地元の歴史家・著者・市民リーダーなどにインビューする番組。