Randy Newman の "Burn On" という唄は、ランディ・ニューマンの 4枚目"Sail Away" *1*2からの一曲。映画自体は未見だが、映画「メジャーリーグ」のオープニング曲に使われている(Major League - Randy Newman - Burn On - YouTube)。
初期の Randy Newman の唄の歌詞には、短く、簡単な英語で書かれたものが少なくない。けれども歌詞カードを見ながら聞いても何を歌っているのかよくわからないものが多い。簡単そうでいてむずかしい。そうした唄が少なくない。けれども、Randy Newman の作品を聞き込んでいって、理解がすすめば進むほど、深い意味があることがわかってくる。そうなると、簡単な歌詞であっても何かひねりがあるに違いないと思ってしまう。
この"Burn On"もそうした唄のひとつ。
カヤホガ*3*4という、ネイティブアメリカンに由来する名前の川がオハイオ州にある。河口にある街はクリーブランド。
それくらいはわかるが、でもよくわからない。そもそもなんで川が燃えなければならないのか。キャンプファイアでもあるまいし、なんで川に「燃えろよ燃えろ」と言わなければならないのか。1970年代にランディ・ニューマンを知って、 Randy Newman のレコードも買い集めていた頃の印象だ。
1981年に初めてアメリカ合州国に滞在する機会を得たとき、合州国には8カ月ほどいたのだけれど、サンフランシスコのバークリー校の英語集中講座を受けたことがあり、フランス人のクラスメートの彼女(アメリカ人)に「どうもわからないんだけど」と、ランディの唄 "Burn On" の意味をパーティーで聞いたことがある。
すると、意外な答えが返ってきた。
この唄をあなたがわからないのも無理はない。なぜなら、クリーブランドの、いわゆる公害問題を皮肉った唄なのだから、と。
えぇそんな唄なのかと、わたしが驚いたことは言うまでもない。
当時の合州国の社会的背景に接近する手立ては、専門家でもない限り手段がなかった。英語の辞書で調べるくらいでは全く歯が立たなかった。
まず、以下、YouTubeで "Burn On" を聞くことができるので、この唄を聞いてみてほしい。
さて、Songlyricsから引っぱってきた歌詞をもとにして訳詞をこころみてみる。
There's a red moon rising
On the Cuyahoga River
Rolling into Cleveland to the lakeThere's a red moon rising
On the Cuyahoga River
Rolling into Cleveland to the lake(拙訳)
赤い月が昇る
カヤホガ川に
赤い月が昇る
カヤホガ川に
There's an oil barge winding
Down the Cuyahoga River
Rolling into Cleveland to the lakeThere's an oil barge winding
Down the Cuyahoga River
Rolling into Cleveland to the lake(拙訳)
蛇行しながら 油を積んだはしけが
カヤホガ川を下る
蛇行しながら 油を積んだはしけが
カヤホガ川を下る
Cleveland, city of light, city of magic
Cleveland, city of light, you're calling me
Cleveland, even now I can remember
'Cause the Cuyahoga River goes smokin' through my dreams(拙訳)
クリーブランド、光の街、魔法の街
クリーブランド、光の街、おまえが私を呼んでいる
クリーブランド、いまでも覚えている
カヤホガ川が 夢の中を 煙にかすんでいく
Burn on, big river, burn on
Burn on, big river, burn on
Now the Lord can make you tumble
Lord can make you turn
The Lord can make you overflow
But the Lord can't make you burnBurn on, big river, burn on
Burn on, big river, burn on(拙訳)
燃えろよ、大いなる河、燃えよ
燃えろよ、大いなる河、燃えよ
さて 主は 川をひっくり返すことができる
主は 川を蛇行させることができる
主は 川をあふれさせることもできる
けれど 燃やすことはできない たとえ主であったとしても 川は
燃えろよ、大いなる河、燃えよ
燃えろよ、大いなる河、燃えよ
クリーブランドは、デトロイト、ピッツバーグ、バッファローなど、こうした他の都市と同じように、産業工業都市であった。
油が川面にあふれ、流木や残骸が堆積し、"flammable"「可燃性」(この川は燃えます)という立札が立てられていた。
カヤホガ川は、1868年*5から少なくとものべ13回火事を起こしているといわれているが、問題は放置され、1960年代にはすでに死の川となっていたにもかかわらず、全国的に知られる存在ではなかった。1969年まで問題は放置され、1969年のカヤホガ川の火事がタイム誌に掲載されるに至り、カヤホガ川の環境汚染問題は、Cuyahoga River Fireとして全国的に知られるところとなった*6*7*8。
アルバム"Sail Away"は、1972年に発売されたが、曲ごとのクレジットを見てみると、"Burn On"は1970年になっている。となれば、ランディ・ニューマンは、カヤホガ川の大火のあと、それほど月日を置かずに "Burn On" をつくったことになる。
半世紀前のカヤホガ川大火については、以下を参照のこと。
つまり、半世紀前のクリーブランドは、唄にすべきようなロマンチックな街ではなく、オーケストラを使った"Burn On" の楽曲自体がパロディになっている。さらに、歌詞でいえば、キリスト教において、主は、さまざまな創造物をつくりあげることができるわけだが、川を燃やすことはさすがに主であってもできませんと皮肉っているわけである。
Randy Newmanはユダヤ系の家庭の生まれ育ちだから、キリスト教に対して距離感をもって語ることができる。つまり、「離見の見」(世阿弥)である。
歌詞でいえば、"Now the Lord can make you tumble""Lord can make you turn""The Lord can make you overflow"と三連発でたたみかけ、"But the Lord can't make you burn"と落ちをつけているわけである。川を燃やすことができるのは人間だけだ、と。
さて油まみれだったカヤホガ川は現在どうなっているのか。
その後、クリーブランドは、市長にカール・バートン(Carl Strokes)黒人市長を誕生させ、1970年にEPA*9 (アメリカ合州国環境保護庁)*10を生み出し、さまざまな環境保護の法律をつくり、環境団体・市民も協力して、カヤホガ川が半世紀前に油まみれだったとは思えないような水準にまで環境保全がすすんでいる*11。
今ではカヤホガ川の水でつくったビールもあるという。そうした改善や変化を報告しているレポートがたくさんある*12*13。
以上、あれこれとくどい説明をしてきたが、Randy Newman の "Burn On" の歌詞が表現しているカヤホガ川の汚染事実を示している画像の入ったYouTubeがある。唄を理解するには、歌詞もついた以下のYouTubeが最適だろう。
Burn On- Randy Newman- Pictorial - YouTube
これを見れば一目瞭然である。
振り返って、はじめて1970年代にRandy Newmanの"Burn On"を聞いたとき、アメリカ合州国の背景的知識、知的枠組み(Frame of Reference)の欠如していた者にとって、油まみれのカヤホガ川が脳裏に浮かぶはずもなかった。
英語の歌詞を理解するには、コトバだけでなく、知的枠組み(FOR)が不可欠である。Randy Newman の "Burn On" は、そのひとつの好例というほかない。
*1:Randy Newman の1枚目が”Randy Newman Creates Something New Under the Sun”(1968),。2枚目が"12 Songs"(1970)。3枚目が"Live"(1971)。
*2:Randy Newman の "Sail Away"については、たとえば、ネットであれば次を参照のこと。Randy Newman - Sail Away
*3:ウィキペディアによれば、イロコイ族の言葉で「曲がりくねった川」という意味。
*4:カヤホガ渓谷は、1974年に国立リクレーション地域となり、2000年には、国立公園へと格上げされている。1972年に「水質管理法」(CWA)が制定され燃える川という公害が改善された。Geology of Cuyahoga Valley National Park | U.S. Geological Survey
*5:Cuyahoga River Fires of 1868, 1912, 1936, 1952, 1969 | Far Outliers (wordpress.com)
*6:The Cuyahoga River Caught Fire at Least a Dozen Times, but No One Cared Until 1969 | History | Smithsonian Magazine
*7:有名なレイチェル・カールソンにも触れている60年代の環境問題の簡単な歴史年表。1969年のカヤホガ川の火事についても触れている。The Sixties | Environmental history
*8:カヤホガ川の大火の資料は、ケース・ウェスタン・リザーブ大学にも掲載されている。CUYAHOGA RIVER FIRE | Encyclopedia of Cleveland History | Case Western Reserve University
*9:Environment Protection Agency
*10:The Shocking River Fire That Fueled the Creation of the EPA - HISTORY
*11:Marking 50 years since the Cuyahoga River fire, which sparked US environmental action (acs.org)
*12:半世紀前は油まみれの川が、今ではカヤックができるカヤホガ川へと変化したことを報じる地元紙の記事や1969年の大火が目覚ましになったという記事があったが、これらはほんの一例に過ぎない。From polluted to pleasurable: Cuyahoga River rises to top spot for urban kayaking in U.S.A. | Scriptype。Fire On The Cuyahoga River: 1969's Environmental Wake-Up Call (groovyhistory.com)
*13:NPRでも、ランディ・ニューマンの "Burn On" を紹介しながら、カヤホガ川の50年前の過去と現在とを比較しながら報道している。こちらで放送を聞くことができる。How Ohio's Cuyahoga River Came Back To Life 50 Years After It Caught On Fire : NPR