「サプライズ」の一曲目「どうしたら、北東部に住んでいられるの?」(2006)

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Surprise

 一曲目のHow Can You Live In the Northeast?は、アルバムの基調ともいうべき暗く不安な気持ちにさせられるギター音が奏でられてから、次のように唄が始まる。


 We heard the fireworks
Rushed out to watch the sky
Happy go lucky 
Fourth of July 


 例の花火の音が聞こえたから
 空を観にあわてて飛び出したんだ
 無邪気だったよね
 独立記念日だったから


 「独立記念日」(Fourth of July)だから、もちろんこれはアメリカ合州国の唄である。
 「独立記念日」が歌われた直後、突然多くの質問がたたみかけられる。
 もちろんこれはアメリカ合州国に対する問いである。
 「独立記念日」は、「一人立ち」「独立」(independence)というコトバが大好きなアメリカ人がアメリカ人として誇りに思える日であり、誇りに思う日である。
 けれども、不確実・不可知の時代にあって、私なりに言わせてもらえれば、アメリカ合州国自身が建国の価値である独立宣言の意義を裏切っている今日、もはやそう単純に無邪気(happy go lucky)ではいられない。


 How can you live in the Northeast?
How can you live in the South?
How can you build on the banks of a river when the flood water pours from the mouth?


 どうしたら、北東部に住んでいられるの
 どのようにしたら、南部に住んでいられるの
 どのようにしたら、川の土手に建てられるの、洪水が河口から流れ出てくるときに


How can you be a Christian?
How can you be a Jew?
How can you be a Muslim, a Buddhist, a Hindu?
How can you?

 
 どうしたら、キリスト教徒でいられるの
 どのようにしたら、ユダヤ教徒でいられるの
 どのようにしたら、回教徒、仏教徒ヒンズー教徒でいられるの
 どうしたら


 題名の「どのようにしたら北東部に住んでいられるの」(How Can You Live in the Northeast?)で言うところの「北東部」は、もちろんニューヨークを含むから、9・11や、イラク戦争のイメージがちらつく。「どのようにしたら北東部に住むことができるの」という表現には、「住んでいられるの」「住めっこないじゃない」という反語的な響きが感じられるのは少し考えすぎかもしれないが、そうしたニュアンスで訳してみた。
 というのも、Bob DylanのBlowin' in the windほど直裁的な修辞疑問ではないにせよ、そしてまたかなり内省的であるにせよ、そうした疑問が投げかけられていることに間違いはないからだ。そしてこうした疑問に対する解答は、答えるのに非常にむずかしい。それでもポール=サイモンは、How can you? How can you?と問い続けるばかりだ。
 もちろん、ハリケーンカトリーナのイメージもあるから、唄全体に、「偶然」、「浮遊感」、「不安定さ」、そして「不安感」が感じられる。
 思うに、「どのようにしたら北東部に住んでいられるの」は、とても現代的な唄だ。合州国が材料になっているけれど日本を材料に歌ってみても、私にはなんら違和感がない。その証拠に、この唄をiPodに入れて、日本の都会を歩きながら、あるいは電車に乗りながらでも聞いてみるとよい。この唄がいかに現代人の不安を表現しているか、わかるだろう。


If the answer is infinite light, why do we sleep in the dark?


 もしその答えが永遠の光であるなら、なぜ私たちは暗闇の中で眠るのか


 「どのようにしたら、川の土手に建てられるのか、洪水が河口から流れ出てくるときに」と、ふたたびポール=サイモンが溶解するかのように繰り返してから、この曲の中で特筆すべき最高の演奏が始まる。
 現代という理不尽な時代に生きる不条理さと不安とをかきたてるようなブライアン=イーノのエレクトロニクスによる音のぞくぞくするような素晴らしい演出ののち、雷鳴のような激しいドラム演奏と、怒りすら感じさせるポールのリズムギターのあとで、ポール=サイモンが最後の箇所を歌う。


 I’ve been given all I wanted
Only three generations off the boat
I have harvested and I’ve planted
I am wearing my father’s old coat


 ずっと私は恵まれていた
 海から離れ陸に上がってから、まだ三世代しか経っていない
 収穫もしたし、種を蒔いてもきた
 いま私は父の古いコートを着ているところだ


 これは、不確実な時代にあって、祖父母から父母、そして子どもへと、連綿と続く、その土地に生きる家族と人の歴史を持ち出しながら、父の古いコートにしか意味を見出せない実存的な意識に焦点をあてているのかもしれない。off the boatという歌詞に対して韻を踏んでいるmy father's old coatのコートを、少しだけ強調して発音しているポール=サイモンの歌い方から、ふとそんな気がするのである。

 ところで、「サプライズ」(Surprise)の冊子に載っている写真のイメージが歌詞のイメージと合致していて私は好きだ。
 赤ちゃんのカバー写真もいい。