テレビ映画 "The Underground Railroad" を観た

  2016年にダブルデイから出版されたコルソン・ホワイトヘッド(Colson Whitehead)による歴史創作小説・"The Underground Railroad"(「地下鉄道」)*1

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コルソン・ホワイトヘッド著「地下鉄道」

 ピューリツァ賞を受賞したこの歴史創作小説は未読だが、マイアミでおこなわれたブックフェア([The Underground Railroad] | C-SPAN.org)での著者の朗読とお話、そして質疑を聞いた。

 舞台は、19世紀、ジョージア州。奴隷の立場に置かれているコーラ(Cora)という黒人女性がシーザー(Caesar)という同じく奴隷の黒人男性から北に逃げようという申し出を受けるのだが、小説は、その申し出に対して断るところから始まる。

 その後、コーラはシーザーの申し出を受け、北へ逃げる…。その逃げるコーラを執拗に追いかける奴隷捕獲業者リッジウェイ(Ridgeway)。

 はたしてコーラの運命は…と、物語は展開していく。

 

   著者であるコルソン・ホワイトヘッド氏はニューヨーク生まれニューヨーク育ちで、小学4年生のとき、The Underground Railroadについて学校で習った。

   The Underground Railroadとは、アメリカ合州国の歴史で習う「(秘密の)地下鉄道」のことだが、これは比喩的に言っているのであって、文字通りの鉄道をさすのではない。19世紀、奴隷制が認められていた合州国南部の諸州の黒人奴隷が自由を求めて奴隷制が廃止されていた北部諸州、ときにカナダまで亡命することを手助けした奴隷廃止論者や市民組織のことをいう。または、その亡命ルートそのものをいう。「地下鉄組織」と訳されることもある。

 著者のコルソン・ホワイトヘッドは、現実と非現実をおりまぜ、満を持して10数年前に構想した歴史創作小説を書きあげた。

 "The Underground Railroad"は、イギリスのThe Guardian の21世紀の100冊の特集の中で30位を獲得している。

www.theguardian.com

 

 この"The Underground Railroad"をバリー・ジェンキンス(Barry Jenkins)監督がテレビ番組作品として10エピソードにまとめた。2021年5月以降プライムビデオ*2で放映されていて、今回10エピソードすべてを見たが、奴隷制における想像を絶する暴力や非道が描かれ、眼を覆いたくなる場面が少なくないが、すばらしい作品だった。

 ネット上でこのテレビ映画のシナリオを見ることができる*3

 IMDbは、このテレビ映画に7.3をつけている。

www.imdb.com

 以下は、このテレビ映画に対するイギリスのThe Guardianのレビュー。

www.theguardian.com

 小説では、黒人奴隷の亡命を手助けする人的ネットワークと地下鉄道が交錯されて描かれているようだが、合州国史において実際に亡命を支援した人的ネットワークはどのようなものだったのか。

 深南部から北部へのルートについては、たとえば、以下、National Geographicに説明している地図がある。

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Underground Railroad : Routes to Freedom (from National Geographic)

 上記の地図の出所のナショナルジオグラフィックが以下のサイト。

www.nationalgeographic.org

 

 以下、National Geographicの地下鉄道について。

 1810年から1850年にかけて、この地下鉄道によって、10万人の黒人が助けられたという統計もある。

www.nationalgeographic.org

 以下は、History サイト。

 黒人奴隷廃止論者の多かったクエーカー教徒のはたらきについて触れている*4

www.history.com

 コーラは、ジョージア州(Georgia)からサウスカロライナ州(South Carolina)、ノースカロライナ州(North Carolina)、テネシー州(Tennesee)、インディアナ州(Indiana)と、北へと逃亡する。アメリカ合州国の13の植民地の13州の中で、ジョージア州サウスカロライナ州は奴隷州を維持できる条件でアメリカ合州国に加わった。ノースカロライナ州*5を含め13州のうち6州は奴隷州として残った。その後、18世紀後半、13植民地から領土拡大をすすめ、テネシー州は奴隷州だったが、18世紀に州となったインディアナ州は自由州だった。こうして奴隷制度のありようにおいて、さまざまな状況があり、南北戦争へと突入していくわけだが、コーラが新南部のジョージアから北へ逃亡するとき、彼女は歴史と社会の必然性と偶然性に巻き込まれ、奴隷制度のさまざまなあり様に遭遇せざるをえない。たとえば、一般白人の宗教心や社会観。ネイティブアメリカンと同じく、人種研究に関心のある"善良"な"善意"の白人。白人からみた「良い黒んぼ」「悪い黒んぼ」。黒人の子ども*6が朗読する「独立宣言」(The Declaration of Independence)。黒人の自治が許されているユートピアともいうべき黒人共同体の農場…。

 アンネフランクや漫画家のちばてつやさんは子ども時代に中国で体験した屋根裏や地下での逃亡生活を余儀なくされた。日本でいえば戦前の暗黒政治に対する闘争、ヨーロッパでの反ナチズム闘争、北アメリカ大陸奴隷制に反対し亡命者を助けたのは、人種や国家を超えた、人権擁護に立ち向かったヒューマンネットワークにほかならない。

   機会があれば、'The Underground Railroad' を読んでみたい。

 

 以下、メモ書き。

 テレビ映画"The Underground Railroad"は、過激な暴力シーンや暴言が出てくるため、PG13扱い。その点では、教育的配慮が必要で、プライムビデオで限定的にテレビ放映しているのも、子どもに簡単に見せないようにする配慮もあるのかもしれない。

 記憶に間違いなければ、"Study War No More"の唄が出ていたように思う*7

*1:"The Underground Railroad"は、2017年12月に早川書房から谷崎由依訳で訳書が出ている。

*2:アマゾンプライム会員であればプライムビデオを見ることができる。

*3:The Underground Railroad - TV Show Transcripts (ourboard.org)

*4:次もHistoryサイトより。8 Key Contributors to the Underground Railroad - HISTORY

*5:近年、歴史上の人権侵害についても向き合って謝罪する傾向が出てきている。たとえば、以下、参照。奴隷制謝罪、補償へ/米南部州の市議会が決議 (jcp.or.jp)

*6:Pickaninnyというピジン英語が紹介されていた。Pickaninny - Wikipedia

*7:"Study War No More"はPete SeegerのWeaversで知られる。この唄は、「戦争はもういやだ」というタイトルで「傷つき倒れるのは 俺たちだけさ 戦争はもういやだ」「武器を捨てろ 海の底へ」という替え歌で知られている。