映画「トランボ」を観てきた

Trumbo

 中学生のときに初めて「ローマの休日」(Roman Holiday)を観たことは鮮明に覚えている。
 当時の映画館は映画の上映途中からでも入ることができた。というか、それが普通だった。
 「ローマの休日」は、途中から劇場内に入ったことを鮮明に覚えている。途中から観たのだが、だれることもなく飽きることもなく、1回半は観たと思う。
 それで、おおかたの観客と同じように、オードリー・ヘップバーン(Audrey Hepburn)、というよりアン王女の魅力にいっぺんでまいってしまった。
 オードリー・ヘップバーンという女優に好感を抱き、オードリー・ヘップバーンの出ている映画は、その後、いくつか観たけれど、残念ながら「ローマの休日」ほど感心したことはない。
 それはやはり、あの作品の持っている力なのだが、それはスタッフのちからであり、作品がつくられた背景にも力があるのだろう。スタッフとのちからとしては、ウィリアム・ワイラー監督(William Wyler)。そして、当時マッカーシズムのため実名でカミングアウトできなかった脚本家・ダルトン・トランボ(Dalton Trumbo)*1。そしてキャスティングされた俳優陣だ。
 アメリカ人新聞記者のジョー・ブラッドリー(グレゴリー・ペック)。カメラマンのアービング・ラドビッチ(エディ・アルバート)。アン王女(オードリー・ヘップバーン)の3人のかけあいがたまらない。イタリアの床屋さんも、支局長も、アパートの管理人も、個性的な味を出していた。
 映画の最後で、いろいろな意味で大人になったアン王女が新聞記者に挨拶する場面がなんともいえない。アン王女とジョーの気持ちを観客は共感できる設定になっていて、それがアン王女の従者や一般記者たちにはわからない設定になっているところが味噌なのだ。
 特ダネをものにしたにもかかわらず、そしてアン王女の気持ちを獲得したにもかかわらず、それを売らない*2のが、ジョーの人格と人間性だ。新聞屋稼業の合間に、ポーカーゲームで、しけた賭けをやって俗世間を生きているジョーであるにもかかわらず、売らない。だからこそ、彼の人間性に説得力があるのではないか。カメラマンのアービングも、なんで売らないのかと思いながら、ジョーに協力する彼の人格と人間性にも共感できるのではないか。
 そして、アン王女の人間的成長をはっきり見届けながら、ジョー(Gregory Peck)がゆっくり立ち去るところで映画は終わる。
 砂糖でつつんだようなおとぎ話なのだが、この品性が、そして、物語に与えられた深さが、「ローマの休日」を一級品にしている。それを可能にしているのはスタッフ全員の力量に他ならない。それが証拠に、「ローマの休日」のリメイクは、二度と見られぬひどい作品だった。

 俺は、それほどの映画青年ではなかったけれど、高校生のころ、マッカーシズムのことは聞いたことがあったし、大学生のころは、「ハリウッドテン」の話や、内容の記憶はあまりないが、小劇場でハリウッドテンのドキュメンタリー映画も観た記憶がある。だから、ダルトン・トランボ(Dalton Trumbo)の話も聞いたことがある。映画"Johnny Got His Gun"(「ジョニーは戦場に行った」)も観たことがある。
 ウィリアム・ワイラー監督や、グレゴリー・ペックら、いわばハリウッドの良識派が、逃避行のごとく、ローマロケに旅立って「ローマの休日」を撮ったという話も聞いた記憶がある。

 ということで、映画「トランボ(Trumbo)」*3を観に出かけた。
 前半、赤狩りの嵐の中で、ワシントンDCの公聴会に呼び出された売れっ子作家のダルトン・トランボブライアン・クランストン)が、結局、議会侮辱罪で刑務所入りとなってしまう。
 トランボがこだわっていたのが、憲法修正第一条だ。

修正第1条[信教・言論・出版・集会の自由、請願権][1791 年成立]

連邦議会は、国教を定めまたは自由な宗教活動を禁止する法律、言論または出版の自由を制限する法律、 ならびに国民が平穏に集会する権利および苦痛の救済を求めて政府に請願する権利を制限する法律は、これを制定してはならない。

 赤狩りによって、ハリウッド内で、マッカーシズムに積極的に加担した人物、よしとしなかった良識派と、分断されていったことは想像に難くない。エリア・カザンの裏切りの逸話はよく知られた話だし、本作品でも、ジョン・ウェインが出てくる。大統領になる前の俳優時代のロナルド・レーガンも出てくる。もちろん政治家では、これも大統領になる前の話だが、リチャード・ニクソンも。
 良識派では、本作品で登場するカーク・ダグラス。それから、ラジオの出演で、グレゴリー・ペック(Gregory Peck)。「ルーシーショー」で有名なルシール・ボールの名前も出ていたように思う。
 そうした背景があるから、トランボの最後のスピーチが生きてくるのだが、なんといっても、もうひとつの見どころは、家族愛だろう。
 この点について今日はもう書く余裕がない。
 
 ヘッダ・ホッパー役のヘレン・ミレン。フランク・キング役のジョン・グッドマン。ニコラ・トランボ役のエル・ファニング。脇を固める俳優陣もすばらしい。
 あともうひとつ、ハリウッドの映画産業をつくり、ハリウッドで活躍するユダヤ系が背景にあるのだが、今日はもうこれ以上は書く余裕がない。


エンドロールのトランボの実写インタビューも素晴らしい本作品を是非とも見てほしい。
英語教師でなくても、映画「トランボ(Trumbo)」は必見である。
 日本公開は、2016年7月。
 

*1:ダルトン・トランボは、彼の友人の脚本家イアン・マクレラン・ハンターの名前が「ローマの休日」の脚本家として掲載されることを選ぶしかなかった。

*2:現代日本のマスコミの堕落からすると、ジョーのこの特ダネを“売らない”品性は、まことにすがすがしい。それこそがダルトン・トランボの真骨頂なのだろう。

*3:映画の元になった本は'Dalton Trumbo' by Bruce Cook。