「「こんな人たち」と国民を分断 安倍さんの本質」

 以下、毎日新聞(2017年7月10日 東京夕刊)より。

 「こんな人たちに皆さん、私たちは負けるわけにはいかない」。東京・秋葉原で1日、安倍晋三首相が今回の東京都議選を通じて唯一行った街頭演説。「帰れ」「辞めろ」コールを浴びた首相はこう言い放った。恐らく戦後政治史に残るであろう「秋葉原演説」。あの光景が浮き彫りにしたものは何か。今一度、考えたい。【井田純、小松やしほ

 「まさか、ああいう言葉を国民に向けるとは思っていなかった人が多いのではないでしょうか。国会で民進党共産党を相手に言うのとは意味が違います」とコラムニストの小田嶋隆さん。永田町での振る舞いが秋葉原で可視化された意味は、決して小さくないとみる。「自分に賛成しない人間を『国民とは別のカテゴリー』に分けたようなものですから」

 味方と敵を峻別(しゅんべつ)し、身内をとことんかばう一方、自分を批判する相手には攻撃的な態度を隠さない。安倍政権の根底にある、まるで「不良少年グループ」のような世界観を、小田嶋さんは「ヤンキー的」と表現する。なるほど、選挙中、「自衛隊としてお願い」演説を行った稲田朋美防衛相は、野党からの罷免要求にもかかわらず、次の内閣改造まではその地位にとどまりそうだ。

 「安倍1強」状況では、民主的手続きや法治主義などに基づく近代的価値観の軽視が指摘されてきたが、首相を信奉する人々からは、むしろ喝采を得てきた。「『基本的人権の尊重』とか『平和主義』という価値は、戦後民主主義の下、学校で教えられてきた内容ですが、学校で起きていることは好きじゃない、というのがヤンキーの特徴ですから」。議論を深め、互いの違いを認めた上で共存していくのではなく、「自分たちを攻撃する敵に対してどれだけ勇敢か」「世間に批判されている身内をいかにかばうか」が行動規範となるわけだ。

 小田嶋さんの目には、こうしたヤンキー的世界観が若い世代の間で共感を得ているように映る。「最近の若い人たちは『雰囲気を壊さず、仲間を大切にしよう』という考えを重んじる傾向が強い。仲間内では意見を主張せずに、我慢して秩序を保とうという気分と『ヤンキー志向』は無縁ではないと思っています」

 確かに、各種世論調査によると、20代で安倍首相の支持率が高い傾向にある。

 作家で法政大教授の中沢けいさんは、在日コリアンらへの差別をあおるヘイトスピーチ問題に取り組んできた経験から、秋葉原演説への違和感をこう語る。「安倍さんは『自分に反対するような人』として、虚構の敵を自分で作り上げているのでは」。つまり、ヘイトスピーチと共通の構造が見て取れるというのだ。

 「首相の秋葉原演説の主語は『私』じゃなくて、『私たち』でした。自分の周りと、安倍政権に異議を唱える人を分断しているのがよく分かります。社会に亀裂を生み出し、それを使って権力を伸長させていく。下手な言論統制より怖い手法です。憎悪をあおって社会に分断をもたらそうとするヘイトスピーチと同じです」

 今回の演説で中沢さんは、安倍首相が2015年2月19日の衆院予算委員会で、当時の民主党議員に「日教組!」とやじを飛ばした場面を思い出したという。「答弁の時に『やじらないでください』と言っておきながら、自席から自分がやじる。一国の首相がとる行動でしょうか」

 菅義偉官房長官は3日の記者会見で「有権者を軽視している。(首相の)発言に問題はないか」と問われると、「全くありません。極めて常識的な発言じゃないですか」と述べた。「辞めろ」コールに対しては「人の発言を妨害するようなことだったのではないでしょうか。ですから、総理としてはそういう発言をしたと思いますよ。そういう人も含めて民主国家ですから、そういう中で発言している」と首相をかばった。

 一方、民進党蓮舫代表は6日の記者会見で、首相発言について「国民をレッテル貼りして、自分に(都合の)いい人は味方、悪い人は敵だ。『1億総活躍』と言っているのは建前だ」と批判し、発言の訂正と謝罪を求めた。これまで、首相を支持してきた有権者の中でも、見方を変えた人がいるのではないか。

 市民から「辞めろ」コールが起きるような不満の源泉は何だろうか。憲法学者で早稲田大教授の長谷部恭男さんは「政治のマフィア化にある」と分析する。

 「権力を行使するに当たって念頭におかなければいけないのは、社会一般にどういう義務を果たすべきかということ。それに反して、身近な人たちのために公権力を行使し、国民の代表である国会にも説明責任を果たさないのなら、それは組織的犯罪集団が官邸を占拠しているようなもの。つまり、マフィア政治です」

 学校法人「加計学園」問題などで指摘されている「身内優遇」の姿勢を「公権力の私物化」と批判する。さらに、「こんな人たち」と呼ばれた市民の怒りの背景には「政治手法の問題もある」と解説してくれた。「昨年の参院選時の状況を見てみましょう。安倍さんは選挙前には封印していた改憲論議を、3分の2の議席を確保した途端に前面に出してきた。有権者に対してまっとうに語りかけるのではなく、国民は自分の政治目的を遂行するための道具であり、操作の対象であるという考えです」

 長谷部さんはさらに、ドイツ出身の政治学者、ヤン・ヴェルナー・ミュラーの著作「ポピュリズムとは何か」での議論を援用して、安倍首相とトランプ米大統領や欧州の極右勢力との類似性を指摘した。「自分たちに反対する勢力を異分子として扱う姿勢です。トランプ支持者が言う『アンアメリカン』と、『反日』という言説は共通している。異分子を切り捨てることで国民が純化され、『本当の日本人』が立ち上がる、それで問題が解決するというレトリックです」

 秋葉原演説では、こうした「切り捨て」の思想もあらわになったのかもしれない。

 <「こんな人たち党」を立ち上げるのはどうだ?>−−4日、前出の小田嶋さんはこんなツイートを発信した。都議選の結果は、「こんな人たち」が、安倍首相が思うほど小さな集団ではないということを示しているのではないだろうか。
安倍首相の秋葉原演説(抜粋)

 皆さん、あのように人の主張の訴える場所に来て、演説を邪魔するような行為を私たち自民党は絶対にしません。私たちはしっかりと政策を真面目に訴えていきたいんです。憎悪からはなんにも生まれない。相手を誹謗(ひぼう)中傷したって、皆さん何も生まれないんです。こんな人たちに皆さん、私たちは負けるわけにはいかない、都政を任せるわけにはいかないじゃありませんか。

(7月1日、東京都千代田区のJR秋葉原駅前で)