朝日新聞の「みちものがたり」というコラム。
今回は、東京は浅草、故・渥美清が題材。
以下、朝日新聞デジタル版(2017年8月5日03時30)から。
だれもが最初は無名で貧しかった。喜劇王エノケンから欽ちゃん、たけしまで、数々のスターが輩出した東京・浅草。そこに名を連ねる男は、四角い顔が全国に知れ渡った後も、お忍びでしばしば浅草を訪れた。ストリップ劇場が立ち並んでいた「六区興行街」(現・六区ブロードウェイ)が原点だった。
俳優の渥美清さんである。
(中略)
足しげく百万弗劇場に通っていた客の中には、早大生だった俳優の故・小沢昭一さんもいた。スポットライトに照らされた渥美さんの舞台を見てびっくり。女性を縛りあげる役。あの細い目が狂気めいた色をたたえていた。「実にどうも、度がハズれているというか…。タダモノではありませんでした」と小沢さんは当時を語っていた。画家伊藤晴雨の「責め絵」を再現した芝居だった。
「寅さん」になった後も…
渥美さんは近くの銭湯「蛇骨(じゃこつ)湯」に通っていた。そこで出会ったのが、まだ大学生だった脚本家の早坂暁さん(87)だ。昼下がり、湯船につかっているとガラガラと戸が開いて渥美さんが入ってきた。奥に隠れる早坂さん。学生運動に首を突っ込み、警察から追われる身だった。
湯煙の向こうに、歌舞伎役者のような化粧をした渥美さんがいた。「アハハ、これは商売道具よ。俺、役者なんだ」。お湯でブル、ブルッと化粧を落とす。四角い顔が現れた。「変哲もない顔だからよ。いろんな色でごまかしているのよ」。渥美さんは笑顔でそう語っていたという。
「でもその細い目は笑っていないのです。刃物のように鈍く光っていました」
(後略)
(文・小泉信一)