「(耕論)「オオタニ」的人生哲学 山田正雄さん、佐々木亨さん、斉藤淳さん」

amamu2018-05-23

 以下、朝日新聞デジタル版(2018年5月22日05時00分)から。

 投げては4勝、打っては6本塁打と大活躍の大谷翔平選手。二刀流を軽々とこなすように見える彼の深い部分にあるものは何なのだろう。私たちが「オオタニ」から学ぶべき人生哲学とは。


 ■頑固さと自信、道ひらく 山田正雄さん(プロ野球北海道日本ハムスカウト顧問)

 間近に接した大谷は、素直だけれど実はとても頑固、謙虚だけれど大変な自信家、という意外な側面を持ったプレーヤーでした。そして常に、黙って一人でじっと考え、道を切りひらいていました。

 北海道日本ハムのGMとして、入団交渉を重ねたとき、同席する本人は質問もしないんです。本当に聞いているのだろうか、と私は不安でした。ところが最後に急に「お世話になります」と言ってきました。キツネにつままれた気分でした。記者会見で、彼が説明できるのか心配しました。すると、球団と何を話し、どう考えて結論を出したかを理路整然と話しました。私の話をじっくり聞いていたことに初めて気づきました。

 二刀流の方針を決めたのは栗山英樹監督ですが、普通は考えられない。でも本人は「大丈夫かな」とこぼしたこともない。会見で「二刀流をやらせるというから興味を持った」と言い切りました。

 頑固であり、自信があるんでしょうね。たいていの選手は、好不調の波の中で、周りからいろいろ助言を受け、混乱するものです。しかし大谷にはそれがない。トレーナーから聞いた話ですが、大谷は自ら助言を求め、「うんうん」と素直に聞くけれど、そのまま実行するのは3割だそうです。残りの7割は今の自分に必要な方法にアレンジしているみたいだ、と。大谷は誰に何を聞いても、自分の頭で「良い」「悪い」を選別しているのです。自分を信じる頭が、普通とちょっと違う。

 プロで打って抑えると、天狗(てんぐ)になるものです。でも彼は淡々としている。完封してマッサージを受けていた大谷に「ナイスピッチング」と声をかけました。すると返答は「はぁ」。掲げる目標が別次元なのだろうと感じました。

 日本一になった後の2017年春、大谷に「メジャー、どうするの」と聞くと、「今年、行きます」と言うんです。「2年後のほうが年俸も上がるし条件もいいんじゃ?」と聞いても「いえ、もう行きます」。北海道日本ハム関係者はどの球団に行くかも含め、全く相談されませんでした。自分で決めたのです。

 子供の頃、お年玉で欲しいものを買うと、余った半額を親に返したそうです。目的以外のものには全く興味がない。両親にどんな教育をしてきたのか聞くと「何もしていません」という答えでした。怒ったことがないそうです。

 やらされてこなかったんでしょう。多くの野球選手は高校や大学で厳しい指導者にやらされている。怒られるうち、好きだった野球が嫌いになっているケースが多いんです。大谷は強制されず、好きでやってきた。だから素直に自分で選択し、自ら挑戦する。そんな選手は少ないんです。大谷はまだまだ成長するでしょう。(聞き手・後藤太輔)

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 やまだまさお 44年生まれ。元大毎選手。会社員を経て、86年から日本ハムでスカウトやゼネラルマネジャー(GM)を歴任。


 ■「書く」習慣、考える力に 佐々木亨さん(スポーツライター

 大谷が高校に入学した15歳から継続的に取材を続けてきました。彼を見に来たあるメジャー球団の日本地区スカウトは当時すでに、サッカーでもバスケットボールでも陸上でも、大谷がどのスポーツに進んでも日本の歴史上最高のアスリートになれると評価していました。彼の身体能力はケタ違いだったわけです。

 ただ大谷をよく知る人であればあるほど、運動能力以上に、彼の素晴らしさを「内面」に見るのです。身体能力はスポーツ選手だった両親から受け継いだ要素が強いとしたら、彼の思考力や向上心といった内面的な特徴は後天的に身についたと言えます。

 ご両親は小さい頃から、彼の好きなように任せ、おおらかに育てましたが、野球の監督だった父は小学校5年ごろまで息子に「野球ノート」をつけさせていました。毎日試合での反省や課題を書かせ、父親がそれに返答する、言わば野球の「交換日記」です。父は「書くこと」を重視していました。言葉を書き付けさせ、頭に入力する習慣をつける。彼の考える力の原点にあるのかもしれません。

 彼が進んだ花巻東野球部の佐々木洋監督も、「言葉」を重んじる指導者でした。言葉にはデータや情報、理論を伝えるだけでない要素、「言霊」があると言い、どんなに小さな言葉でも人の人生を左右する力があると考えていました。そんな監督から大谷が受け取り、自分で長年かけて消化した言葉も多かったと思います。彼が言う「先入観は可能を不可能にする」もそうです。「大谷語録」とも呼ばれる、特徴的な言葉の原型は10代にあるのでしょう。

 「頭がいい」と大谷を評する人もいます。「頭がいい」と言うと、ふつう物事を効率よく処理する論理的思考や、リスクとメリットを比較・計算する力など、偏差値秀才的な賢さを想像します。

 ところが、彼はむしろその逆です。彼は効率ではなく、「〜したい」という自分の中でわき上がる欲求、「内なる声」にシンプルに従うのです。大谷は今行けば成功できるとか、得だとかを考えてメジャーに行ったのではなく、「行きたいから行った」のです。成功や失敗は、行って初めて経験することで、二の次なのです。2年後には巨額な大型契約を結べるといった計算にも興味がない。その単純な姿勢は決してブレません。

 その意味で、彼は私たちの社会が共有している物差し、価値観からは離れたところにいるのです。子どものときから、言葉を大事にし深く考えることを通じて、彼自身が培ってきた芯の強さでしょう。

 メジャーで今、プレーしている姿は野球少年のままです。やりたいからやっている。心から楽しんでいるからこそ、さらに先へと進めるのでしょう。(聞き手・中島鉄郎)

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 ささきとおる 74年生まれ。雑誌編集者を経て独立。著書に大谷を描いた「道ひらく、海わたる」など。


 ■ブランドより原点重視 斉藤淳さん(英語塾代表)

 中高生を中心にした英語塾を経営していて、海外大学への進学のサポートもしています。米国には優れた大学が多くありますが、やはりハーバード大学などのアイビーリーグ(東部名門校)は世界的ブランドです。日本人の間ではそうした超有名大学を目指す流れが以前からありました。

 そんな日本人の習性から考えると、大谷選手がヤンキースのような超人気球団でなく、エンゼルスを選んだのを興味深く感じました。

 大谷選手は、20以上の球団の中から、「二刀流」に理解があるという理由でエンゼルスを選んだといわれています。「超人気球団」というブランドではなく、自分のやりたいことがしっかりわかっている。自分の価値観を持っている芯の強さを感じます。

 実際、最近の生徒の意識はだいぶ変わってきていると感じます。米国の大学でも、心理学ならミシガン大学統計学ならカリフォルニア大学バークリー校といった具合に、大学ごとに得意な分野がある。いまの生徒たちは、ブランドよりも、自分のやりたいことをしっかり持ち、世界中の選択肢から進路を選ぼうとする子が増えている。大谷選手と共通しています。

 米国の大学入試は、学力と並んで志望動機書が重視されます。なぜこの大学で何を学びたいのか、その境地に至るまでのストーリーの有無が合否に影響するのです。

 その点でも、大谷選手は、内側からわき出てくるストーリーが明確です。「大リーグで通用する地力をつけるために日本ハムをまず選び」「大リーグでは、二刀流挑戦に理解のある球団を選ぶ必要がある」「環境面でも、寒暖差が小さい米西海岸は順応しやすい」――といったところでしょうか。誰もが大谷選手みたいになれるわけではないけれど、自分なりのストーリーをもって、挑戦することが大事です。失敗しても、そこから学び、目標を達成するためにストーリーを修正していく。ストーリーを作れる子は、最初から正解しか学ばなかった生徒より最終的に伸びます。

 ストーリーを育てるには、子どもの内なる問題意識を大切にするべきです。大谷選手も「ピッチングもバッティングも」という思いを周囲の人たちがつぶさず、応援してきたから今があるのでしょう。

 政治をやる、起業する、研究者として何かを発見するには、既存の正解をいくら知っていても役に立たない。やはり試行錯誤し、仮説を検証し続けないといけない。そのために大谷選手のように、ブランドにこだわらず、自分の原点を大切にすることが重要でしょう。「大谷」からは、子どもの教育環境を考えるうえでも、大人がどう生きるべきかという点でも学べることはたくさんあると思います。(聞き手 編集委員・尾沢智史)

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 さいとうじゅん 69年生まれ。衆院議員、米イェール大学政治学助教授を経て、英語塾「J PREP斉藤塾」を創業。