以下、朝日新聞デジタル版(2018年10月29日05時06分)から。
東京五輪に向けて工事が進む神奈川県の高速道路建設現場。約15人の作業員がコンクリートを枠に流し込んでいた。ヘルメットの名にはカタカナが目立つ。
「この現場にベトナム人は3人。欠かせない存在です」。コンクリート圧送会社「ヤマコン」関東支店の小島秀二郎副支店長は現場を見回して言った。
従業員約200人のうちベトナム人の技能実習生らが22人。現在は年10人ほど同国からの技能実習生を雇う。将来的には全体の3割にする計画だ。
背景にあるのは、人手不足だ。同社では毎年20人ほど求人するが、応募は多くて10人弱。1人も応募がない年もあった。
建設業は、政府が来春の導入を目指す新しい在留資格「特定技能」の受け入れ対象に検討されている。認められれば5年間の技能実習に加えてさらに5年間の在留が可能になる。
同社で働くベトナム人のホアン・ディン・ホアンさん(28)は現場のサブリーダーを務める。2011年に実習制度で来日し、期限の3年間の実習を終えて帰国。その後、五輪に向けた建設需要の一時的急増に対応する20年度までの「時限措置」を活用して再来日した。来年に再び期限を迎える。
「この会社で偉くなって実力も伸ばしたい」と新しい在留資格を活用して日本での永住を目指している。
「会社を担う若手が育たない中、技能を身につけた頃に帰国してしまうのが課題だった」
新しい在留資格の創設を歓迎する小島さんだが、これからも彼らに日本で働いてもらえるか、心配している。日本で働いていた中国人が、中国の経済成長につれて減ったのを肌で感じてきたからだ。「今は日本が先進技術を持ち、カネも稼げると見られている。だがベトナムも発展のスピードは速い。いずれ選ばれなくなるかもしれない」(山本恭介)
韓国「たとえ獲得競争が激化しても…」
外国人の労働力に期待を寄せる国は、日本だけではない。韓国は04年、単純労働を認める雇用許可制(EPS)を導入した。
以前は日本の技能実習制度を参考に「産業研修生制度」を導入していた。だが不法滞在や賃金の未払いが相次ぎ、EPSに切り替えた。「移民は受け入れない」という点は日本と同じだが、労働者を送り出すベトナムやフィリピンなど計16カ国と国同士で協定を結ぶ。外国人労働者は韓国政府が運営する就労支援センターに登録。政府が各企業に割り当てる。悪質な企業は排除され、法外な手数料をとる「ブローカー」が暗躍する余地もない。外国人にも労働法規や最低賃金が適用され、勤務態度が認められれば最長9年8カ月滞在できる。
ソウル郊外華城市の金属加工会社で働くベトナム人、ブイ・バン・ヒエウさん(27)は8年前に韓国に来た。日本に憧れていたが、実習生として日本で働くには2億ドン(約96万円)かかると言われて諦めた。日本で働く同級生と時折、SNSで連絡を取ると「韓国より物価は高いのに給料が低い」といった不満を耳にする。「どちらの国が良いか尋ねられたら、韓国をすすめるね」
EPSの申請手続きを代行する「中小企業中央会」(製造業など800団体)によると、外国人の受け入れ企業の募集には毎回、定員を大幅に超える応募があるという。外国人労働者支援部のチョ・ジュノ副部長は自負する。「韓国は外国人労働者の天国だといわれる。たとえ、国際的な人材獲得競争が激化しても、外国人はこの国に集まる」(ソウル=吉田美智子)
フローとストックで分析すると…
「外国人に選ばれる国をめざす」と菅義偉・官房長官はいう。他国との人材獲得競争には何が必要か?
移民を分析する時、国際機関などは二つの視点から見る。フロー(流入)とストック(滞在)。どんな人をどれだけ入れるか。そして、どう社会の一員として受け入れ、統合するか。
日本政府に欠けているのはストックへの視線だ。
2001年の米同時多発テロの直後、パリ郊外にイスラム過激派を礼賛する若者たちの姿があった。フランスに生まれ育った移民の2世、3世だ。進学も就職もうまくいかない――。取材で浮かび上がったのは「社会の一員になりたいのに拒まれている」という切ない思いだった。
英国で移民系の若者がテロに走った時は「多文化主義」への批判が出た。移民の文化に干渉しないという「寛容」の実態は、無関心と没交渉だった、だから狂信者の接近を見逃したのではないかという反省だ。
移民受け入れで先行してきた欧州の試練も、やはりストック面にある。日本政府はその負担を極力避けるため、外国人をいずれ帰国する「出稼ぎ」と位置づける。「移民政策はとらない」と繰り返す。フローの視点のみで乗り切ればよいという考えだろう。
だが、それは非人道的なばかりか非現実的だ。
英国で移民の境遇を調べた時、日本の非正規雇用の人と重なると感じた。将来が不安定で、家族とも暮らせない雇用の調整弁。日本は「移民は不要」といいながら同胞を「疑似移民」にしてきたのではないか。
日本人でも外国人でも、人を労働力としてだけ見て「使い捨て」する国は「選ばれる国」にはなれない。
日本の危機は単なる人手不足ではなく、深刻な少子高齢化だ。この国の生活や仕事になじんだ人を手放す余裕などない。(編集委員・大野博人)