「自分の体がどうなるのか、とても心配です」
2018年春、ベトナム人のグエン・ドク・カインさん(25)は東京・上野公園で開かれた外国人労働者の支援集会の壇上にいた。
技能実習生として15年に来日後、リスクのある仕事だと知らされないまま、東京電力福島第一原発事故の除染作業に従事させられた。その経験を「告発文」にして読み上げた。
このスピーチから間もなく、新聞やテレビが「除染実習生」と大々的に報じた。国も重い腰を上げ、「除染作業は技能実習の趣旨にそぐわない。これからは除染作業を含む実習計画は認めない」と宣言した。
法務省は、実習生を受け入れている他の監理団体に対し、カインさんの実習先を探すよう依頼。昨年8月に、大手トンネル施工専門の建設会社に迎え入れられた。
仕事は、三陸海岸の岩手県宮古市と盛岡市を結ぶ新道路のトンネル工事。現場から車で5分ほどの宿舎で、他の従業員約20人と寝起きした。うち8人がカインさんらベトナム人実習生だった。「専門の日本語を覚えるのが難しかった」
実習生の満期である18年9月下旬まで、わずか2カ月だったが、忘れられない思い出もできた。同宿の40歳代、50歳代の日本人とお酒を酌み交わした。彼らにとってカインさんは息子と同世代。カインさんが交際していたベトナム人実習生の女性の話などで盛り上がった。
上司だった男性は懐かしむ。「仕事も分からないなりに一生懸命やってくれた。またぜひ、うちで働いてほしい」
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記者がカインさんに出会ったのは昨年3月。除染の仕事場を飛び出し、外国人保護施設に身を寄せていたころだ。当時のカインさんは、日本に来たことを激しく後悔していた。
帰国後のカインさんがどうしているのかが気になり、今年1月、カインさんの実家を訪ねた。気温13度、小雨模様の肌寒い午後。ハノイ郊外にある実家にエアコンはなく、カインさんと両親の3人はコートや厚手のセーター姿だった。
豚の飼育やキノコ栽培をしている両親との3人暮らし。カインさんは定職には就いていなかった。近いうちにまた日本で働きたいからだという。
昔の上司が再会を待ちわびてくれている。「ひどい目にもあったが優しい人もいた。いい国だと思う」
カインさんが再び日本に行くことをどう思うのか、両親に尋ねると、「一緒にいてほしいが、子どもがやりたいことを応援したい」と口をそろえた。
「日本の街はきれいで企業もしっかりしている。人も良い、と頻繁に海外旅行している親戚から聞いた」と、母親のダン・ティ・ランさん(53)は話した。
日本で除染作業をしていたことを、カインさんは両親に打ち明けていない。
だが、カインさんが席を外したとき、父親のグエン・スン・バーさん(56)が記者につぶやいた。
「最初の会社は良くなかったようだ。体が悪くならないか気が気でない」
お父さんは知っているようだ、と後で耳打ちすると、カインさんは「なぜ」と首をかしげた。「(交際していた)彼女が話したのかな……」。でも、自分から両親に除染のことを持ち出すつもりはないという。
カインさんが日本で稼いだお金で、実家の2階部分は建て増しされていた。あと数年は日本で働いてから帰国し、結婚して自分たちは2階で暮らす――。カインさんはそんな未来図を描いている。
「闇」を抱えた技能実習制度を手放さないまま、外国人の人権を尊重した共生社会を築けるのか。カインさんの物語は問うている。(機動特派員・織田一)
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