以下、朝日新聞デジタル版(2020/1/22 16:00)から。
2010年に亡くなった作家・劇作家の井上ひさしさんが故郷の山形で手がけた劇場がいま、資金難から閉館の危機にある。ライブハウスや寄席にもなり、「びっくり箱」をめざした「シベールアリーナ」。大江健三郎さんや故永六輔さん、大竹しのぶさんら親交のあった多くの著名人が舞台に立ち、文化をはぐくんできた。
蔵王連峰を望む山形市郊外に立つシベールアリーナ。井上さんの蔵書約2万5千冊が並ぶ図書館「遅筆堂文庫山形館」、井上さんゆかりの作家や俳優らを紹介する展示室も合わせた、鉄骨4階建ての複合文化施設だ。
井上さんは自ら構想を描いたシベールアリーナを《世界標準の劇場》と評した。世界中の劇場支配人約2千人へのアンケートを基に、客席数は最後列でも俳優の目の動きがわかる522席。セリフが聞き取りやすいように残響音を抑え、舞台監督や照明家の助言を踏まえて使い勝手を良くした。
施設を造ったのは、ラスクで知られる山形市の洋菓子会社「シベール」の創業社長だった熊谷真一さん(78)。井上さんの構想に共感し、ジャスダック上場による創業者利益をつぎ込み、約12億5千万円かけて08年に完成させた。
ロビーの壁には、井上さんが開館前に寄せた200字詰め原稿用紙2枚が掲げられている。
《金もうけ第一主義と自分さえよければいい主義が全盛の昨今には珍しい奇蹟(きせき)である。この奇蹟を一瞬の美談だけで終(おわ)らせてはいけない、だいたいそれではもったいない。たとえばわたしは蔵書と演目(だしもの)を持ち寄って奇蹟が一秒でも長く輝くよう努めよう》
運営は09年に設立した公益財団法人に委ね、同社は命名権スポンサーとして年約2千万円を負担した。
しかし、赤字が続いた同社は命名権契約を打ち切り、19年1月に民事再生手続きを申請。事業譲渡を受けた山梨県の食品会社は「余力がない」と支援を断った。財団代表を務めている熊谷さんも19年秋に転倒事故で病に倒れた。
開館時から財団の事務局長を務める遠藤征広さん(64)によると、事業費に加え、地代や建物の維持だけで毎月約50万円、年600万円の固定資産税など支出はかさむ。新たなスポンサーを募ろうと、要項を約1千社に送ったが、合意に至った企業はない。
(後略)
(上月英興)