「「一斉抗原検査で「見える化」を コロナ対策で提言 東京医科歯科大学医学部付属病院救命救急センター長・大友康裕」」

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以下、朝日新聞デジタル版(2020/6/1 18:00)から。

 新型コロナウイルスの感染が広がる中、患者を受け入れてきた東京医科歯科大学医学部付属病院の大友康裕・救命救急センター長が、今後のコロナ対策について寄稿した。

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 安倍首相による3月2日からの全国の小中高と特別支援学校の臨時休校要請にはじまり、4月7日に発せられた緊急事態宣言はようやく解除されたが、国民の自粛は2カ月以上に及んでいる。

 現在、国民は、あいまいな根拠のもとで恐怖と安心に惑わされている。感染者の隣に座っただけでウイルスはうつるのか? マスクをつけ、せきやくしゃみをしていない人から2メートルの距離を空けなければならないのか? ならば緊急事態宣言前の満員電車では大量のクラスター(感染者集団)が発生したはずだ。本当に駅前にいる人の数を80%減らさなければならないのか? 70%減とそんなに大幅に感染者発生数が違うのか?

無症状で感染性のある市民を「見える化
 緊急事態宣言が解除され、ほっとしている方も多いと思うが、第2波によって新規感染者が急増すれば再宣言となる。営業を再開するにしても、恐る恐る始めなければならない。現在、完全閉鎖状態から、多少でも店を再開したいとの気持ちから、大幅な客席数減で開始したとしても、これで長続きするはずがない。以前の半分以下の客数では赤字が続くことになるのではないか。自粛解除しても、元に戻るわけではなく、相変わらず実質自粛を継続することになるということである。

 外出自粛や「ソーシャルディスタンシング(社会的距離の確保)」は、誰が感染しているかわからないからやらざるを得ない。ウイルスは目に見えない。見えないから怖い。怖いから過剰な対応に走る。感染症対策は、「自然科学が重要」という。しかし残念ながら、これほど医学が進歩したにもかかわらず、最も原始的な対応手段しか提示出来ていない。

 私が考える解決策は「見える化」である。「無症状で感染性を保持した市民を見える化する」ことである。

 過去の感染歴を調べる抗体検査では、神戸市立医療センター中央市民病院では外来患者の3・3%が陽性であり、東京都の陽性率は500検体で0・6%、東北6県は500検体で0・4%だったとの発表があった。東京都ではこれまで約8万4千人が感染していた計算になる。検査時に東京都が公表していた感染者数の約20倍にあたる。抗体検査で陽性ということは、過去のいずれかの時に感染したことを意味するので、東京都が毎日発表する新規患者数の20倍とすると、4月10日には都内に約4千人の新規感染者がいたと推測される。

 社会生活の中で感染を広げるおそれがある「無症状の見えない感染者」の存在におびえて、人々は過酷な自粛生活を2カ月以上も強いられているのである。ものすごく非効率である。自粛解除となっても、マスク装着が求められ、人が集まる営業は客の制限をすることになる。この生活制限は、年余にわたる可能性がある。具体的には、ワクチンによる免疫を含め、国民の7割が免疫を持つまでとなる。

ここから続き
 この早期解決策が、全国民に検査を実施して、無症状で感染性を保持した見えない感染者を「見える化」することである。PCRは検査件数が限られており、国民全員に実施することは不可能である。一方、抗原検査は実施が簡便であり、検査キットを量産することができると思われるので、実施可能性がある。

自由に行動できる市民をいかに早く増やすか
 抗原検査の問題点は、「感度」が低いことだ。そのため感染者でも陰性と判定されることがある。しかし検体中のウイルス量が一定量以上ある場合、正確性が高まるという。他人に感染を広げる、ウイルス排出量の多い人を、正しく陽性と判定できる可能性があるということである。

 PCR検査は「感染しているか否か」を判定し、抗原検査は「他人に感染させるリスクの高い感染者」を検出する検査と考えられる。

 この抗原検査を、全国民に実施することを提案する。抗原検査が陰性の人の行動制限を解除することにより、99%以上の国民の自粛を完全に解除できる。同じ目的で、抗体検査で「抗体を持っている人」の行動制限を解除するという動きが欧州や米国で見られるが、一定比率(70%以上)の人の行動制限解除となるためには、年単位の時間が必要であろう。

 要は「自由に行動できる市民を、いかに早く増やすか」である。現在行われている、3密禁止をはじめとしたあらゆる対策を、一気に不要とすることができる。逆に、これをやらなければ、いつまでたっても、つらい自粛の努力を続けなければならない。

 抗原検査で陽性となった無症状でウイルス排出量の多い感染者には、現在のPCR陽性者に対するスキームと同様の対応をとる。外出禁止とし、自宅またはホテルなどで隔離・経過観察を行う。また、濃厚接触者を特定する。実施の方法は、具体化するためには十分な検討が必要であるが、ある特定の期間(1週間以内)に、例えば、選挙の投票所となる施設に保健所が検査設備を設置し、投票のような流れで検査を実施する。結果は30分程度で出るので、陰性者に「検査実施証明書」を発行する。重要なのは、全国民ほぼ同時に実施することである。せっかくある地域内の「他人に感染させるリスクの高い感染者」を隔離することが出来ても、他の地域から流れ込んできてしまうと、地域住民の安全が確保できなくなるからである。ただし、それでも「潜伏期間(1~14日、多くは5~6日)中で、これから感染性を有する人」がすり抜けてしまうので、できれば2週間後に再度一斉検査を実施することが望ましい。

 費用面を見ていこう。雇用調整助成金や休業補償、国民への一律給付金など、国民の生活を支えるために50兆円を超える財政支出が行われる見込みだ。これらは今後も続ける可能性があるため、総額いくらになるのか分からない。全ての国民に自粛を要請しているため、その補償・支援の個別の金額は十分でないにもかかわらず、総額は膨大となっている。自粛をお願いする対象を、抗原検査の陽性者に限ることができれば、一人ひとりに手厚い補償を行ったとしても、その総額は極めて限定的である。

 抗原検査は1検査あたり6千円とのことだが、検査実施のための諸経費を上乗せして1検査1万円としても、1億人に実施して1兆円である。国民全体への補償・支援を大幅に削減でき、経済活動の早期再開によって税収減が大きく抑制されることを考えると、全国民への抗原検査の実施費用は容易に捻出できるだろう。

 来日外国人全てにも抗原検査を義務づける必要がある。陰性者には自由な行動が許可されるのであれば、喜んで検査を受けるであろう。わが国の経済復活に欠かせないインバウンドの年余にわたる低迷も回避できる。

 ごく少数の「見えない感染者」が社会生活を送っている状況下で、自粛緩和を恐る恐るするのか、「見えない感染者」を見える化し、把握・隔離することで、広く大多数の国民の行動制限を緩和する方が良いのか、どちらが良いか、ということだ。この一斉抗原検査は、できれば国を挙げて、それが無理ならば人の移動が少ないこの時期に都道府県単位で、または感染第2波の初期段階が危惧される地域限定で実施することも有効であると考える。

 多くの血のにじむような努力を行っても、根本的解決にならない。いつまでたっても国民の生活の困窮が続く現状を考えると、迅速に一斉抗原検査を実施すべきだ。ここ3カ月間、新型コロナウイルス感染症対策に全力を尽くしてきた一救命救急医から提言したい。(東京医科歯科大学医学部付属病院救命救急センター長・大友康裕)

 おおとも・やすひろ 東京医科歯科大学教授、日本災害医学会代表理事1984年、日本医科大学医学部卒。専門は救急災害医学。