映画"One Flew Over the Cuckoo's Nest"を久しぶりに観た

One Flew Over Cuckoo’s Nest

 映画"One Flew Over the Cuckoo's Nest"を、おそらく36年ぶりに観た。
 大学生のときに初めてこの映画を観たのだが、そのときはこの映画についてよくわかっていなかったと思う。
 そのときから比べると、今はよくわかるようになった気がする。実際、今の俺にとって何よりも必要な映画ということもわかった。
 おそらくそれは、大学生のときに観た印象が、「これは精神病棟の話で、俺の話ではない。俺には関係のない話」と差別的に感じていたからだろう。いまは、精神病棟も、俺が住んでいる日常生活も、あまり違いはないのではないか、つながっているのではないかという認識に近い。ハムレットではないけれど、俺がいま住んでいる世界そのものが精神病棟ではないのかという認識といってもよい。実際、「カッコーの巣の上で」の世界は、いまや鉄条網の内と外ほどの違いもないのではないか。
 本作は、いわゆるシリアスで明るい映画ではないから、そもそもは俺の好みではない。自分が何度も観たくなる映画ではない。だけれども、こうした映画を必要としている人間はかならずいるはずだ。それは、ジャックニコルソン演じる自由を求めるアンチヒーローが必要なのではないか。実は俺もそう感じている一人である。
 それは、自分が正義と思っている、または普通と思っている、または、これが仕事だと思って、人権侵害をおこなっている人間がいることの危うさを心配するからである。
 認識の違いといってしまえばそれまでだが、それが止揚されずに、そのままそうした認識が変革されずに進んでいくことがいかに多いか。今日なお、そうしたことがいかに多いか、驚愕せざるをえない。
 善意が正義と思っている人たちは、能天気で困る。説得のしようがないから困る。能天気のくせ、その被害が甚大となれば一層困る。
 「人間は天使になろうとして豚になる」存在であるという渡辺一夫さんの思想*1を思い出さなければならない。
 あらためて、そのことを書きたいと思うが、今日はその意欲もない。
 いまは、この映画の存在に感謝したいと思う。
 映画"Twelve Angry Men"が正当派ヒーロー映画だとすれば、「カッコーの巣の上で」は、アンチヒーローの典型といえるのだろう。
 映画のなかでは、とくに野球のワールドシリーズが観たいという場面や釣りの場面が面白い。人間が求める自由という点で、普遍的なテーマに違いない。
 「善意」が悪になりうるというテーマを扱っているという点で、本当にこれは俺にとって必要な映画だ。好みでは全くないけれど、それでもこの世に必要な映画というものはある。「カッコーの巣の上で」は、間違いなくその1本である。
 音楽は、Jack Nitzscheが担当している。

*1:渡辺一夫さんは「天使になろうとして豚になる」という言葉を繰り返し引用されているが、名著「ヒューマニズム考」(講談社現代新書)で、「西洋の古諺」と紹介している。