以下、朝日新聞デジタル版(2017年6月28日23時42分)から。
「防衛省、自衛隊としてもお願いしたい」。東京都議選(7月2日投開票)の自民党候補の集会で、稲田朋美防衛相が失言した問題は28日、他党の街頭演説で一斉に批判を浴びた。もともと逆風に悩む自民はさらに防戦を強いられ、憤りの声も漏れる。自衛隊の選挙利用との批判がある大臣発言に、隊員らも冷ややかな目を向ける。
■自民陣営、都議選逆風「責任持って」
「なぜ自衛隊を自民党の応援団体のように扱うのか。この方にわが国の防衛は任せていられない」。28日午後、民進党の蓮舫代表は東京都渋谷区での都議選候補の応援演説で、稲田氏を強く非難した。世田谷区で演説した同党の野田佳彦幹事長も「(自衛隊は)言うことを何でも聞くと思っているんだろう。権力の私物化だ」と攻め込んだ。
豊島区の街頭に立った共産党の志位和夫委員長は「言って良いこと悪いことの判断がつかない人に防衛相をやらせて良いのか。罷免(ひめん)しないなら首相も同罪だ」。地域政党「都民ファーストの会」代表で元防衛相の小池百合子都知事は同日午後、報道陣に「(稲田氏の発言は)あり得ないと思う。政府と党(の立場)の区分けはきっちりしないといけない」と話した。同日夜、品川区での演説では、稲田氏の問題には触れなかったが、「国の方の政治も随分がたがたしている。お友達ばかりでやっていると、こういうことになる」と安倍政権を批判した。
他党の攻勢が激化するなか、安倍晋三首相は28日夜、台東区の小学校体育館であった自民現職候補の集会で演説したが、稲田氏の問題には言及しなかった。約800人(陣営発表)が集まり、立ち見も出る中、学校法人「加計(かけ)学園」を巡る問題に伴う自民への逆風について「私の姿勢にも大きな原因があった」と釈明し、「党総裁としておわび申し上げたい」と述べた。
集会に参加した自営業の男性(66)は「稲田さんの発言はむちゃくちゃ。首相がそんな話をしたら収拾がつかなくなるので、触れなかったのだろうが、加計学園問題も含めて説明を聞きたかった」と話した。
加計学園問題や豊田真由子衆院議員の暴言・暴行疑惑など、国政に絡む話で逆風下の選挙戦となっている自民都議らからは、厳しい声があがる。
「国会議員に責任を持ってもらいたい。責任を一層感じなきゃいけないのは政府と(党の)執行部だ」。自民のベテラン現職候補は同日午後、都内の駅前で演説し、国会議員らを批判した。演説前、聴衆から「自衛隊のことをちゃんと説明しろ」との声も飛んだ。
下村博文・自民都連会長は同日、世田谷区での演説で危機感をあらわにした。「自民は5年間、政権を得たことで傲慢(ごうまん)になっているのではないか。謙虚さが必要だ」
■自衛隊幹部「我々は注意しているのに」
「『政治的行為を慎むように』と繰り返し言われているのに、大臣が組織を挙げての特定候補への応援を呼びかけたような発言。趣旨や文脈がどうの、という言い訳は通用しない」
自衛隊幹部はそう話す。安倍晋三首相が自衛隊の存在を明記する憲法改正に言及したことを受け、自衛隊制服組トップの河野克俊統合幕僚長が5月下旬、「自衛隊の根拠規定が憲法に明記されるのであれば非常にありがたい」と述べたことの是非が問われたばかり。
この幹部は「政治的行為と受け取られないよう、普段から発言や行動に注意している。大臣の発言は、そういう我々の心構えをふみにじるものだ」。
昨年8月の防衛相就任以降、稲田氏は歴史認識や森友学園との関係など、発言や姿勢が繰り返し問題視されてきた。北朝鮮や中国などへの対応に加え、来年度予算の概算要求に向けて省内作業はピークの時期。「時間がいくらあっても足りないほど忙しいのに、『自民党候補の応援にいかないといけないらしいぞ』と笑い話をした」。防衛省職員の一人はそう皮肉った。
「発言を撤回したのは、『問題があった』と認めたということ。普段から強気な大臣にしては、今回は追い込まれたなという印象だ」と話す職員もいた。(土居貴輝)
■識者らが危機感「党の軍隊と言うのと同じ」
安倍政権が加速させる憲法改正の動きとの関係でも、発言を問題視する声があがる。
元防衛官僚や国連PKO幹部経験者らでつくる「自衛隊を活(い)かす会」の松竹伸幸・事務局長は、自衛隊を憲法で位置づけてほしいという自衛官の気持ちに理解を示しつつ、いまの憲法下で防衛政策を積極的に議論していくべきだという立場だ。「9条の下で様々な議論があり、かつて違憲判決さえ出た自衛隊は、どうすれば国民に支持されるのかを戦後ずっと探求してきた。『自民党の軍隊』と言っているに等しい稲田氏の発言は、それを台無しにするもの。自衛隊をどうしたいのか、憲法改正の動きが危険なことに思えてきた」
早稲田大学の水島朝穂教授(憲法)も「北朝鮮や中国は『党の軍隊』だが、まるでそれと同じような感覚で、政治利用よりももっと悪質な党派的な利用といえる」と批判。稲田氏が安倍首相に近いことも踏まえ、「自民党ではいま、自衛隊をどうするかという議論もないまま、『自衛隊の9条明記』という安倍首相の考えにむりやり意思統一され始めている。今回の発言とあわせて見えてくるのは、自衛隊を改憲のための道具にしているような姿勢だ」と指摘した。(木村司)
■県連では擁護も
稲田朋美防衛相は衆院福井1区選出。地元は今回の発言をどう受け止めたのか。
福井県議で自民党県連幹事長の斉藤新緑氏は「東京都議選は(自民党が)危ないとされており、盛り上げようとして言ったのでは。本心からの言葉ではなく、気持ちばかりが先にいったように思う」とかばった。
一方、県議で民進党県連代表の山本正雄氏は「自衛隊を自分のものと勘違いしている。自衛隊の政治利用ということになり、大臣として常識ではありえない発言だ。辞めていただきたい」と批判した。
福井市の主婦滝本カズ子さん(70)は「地元から出た大臣だから応援したい。でも、どうしてもっと考えて発言できないのか。自衛隊は自分の家来じゃないんだから」と残念がった。
福井市の会社員黒田美樹さん(38)は「あの発言では誤解されても仕方ない。(特産の)メガネなどで地元をアピールしてくれているのは分かるが、防衛に詳しくないのかと思ってしまう国会答弁も多かった」と疑問を投げかけた。
逆に福井市の無職男性(81)は「自衛隊や防衛省を背負って立つ熱意から出た言葉だと思う。おろおろせずに頑張っている姿は同じ郷里の者として誇らしい。批判に負けず、責任を持って日本の防衛に取り組んでほしい」と話した。
以前から応援しているという福井市の主婦(75)は「個人的には残念。いつも低姿勢で、地元を一生懸命宣伝してくれているけど、自衛隊を選挙に利用してはいけないのは常識。頑張ってほしいからこそ、大臣としてもっと勉強してほしいし、発言に気をつけてほしい」と注文した。(影山遼、南有紀)