Randy Newmanの新譜"Dark Matter"

Dark Matter


 Robert Christgau氏は、Randy Newmanの新譜”Dark Matter”のレビューの中で、アルバム全体とともに、"Lost Without You"と”She Chose Me”の2曲に注目して紹介している。

https://noisey.vice.com/en_us/article/xwynkn/robert-christgau-on-randy-newmans-album-of-the-year-contender

 「死を迎えつつある妻と子どもたちとの間に交わされる会話を老父が盗み聞きしてしまう"Lost Without You"」("Lost Without You," in which a frightened old man eavesdrops on a conversation between his kids and his dying wife”)

 「妻にも私にも当てはまらないが、私的にも個人的にも、妻と私が偉大なポップソングと保証する、テレビ用に製作された”She Chose Me”」(“the made-for-TV "She Chose Me," which my wife and I certified as a great pop song by feeling it personally and individually even though it's autobiographical for neither of us.”)


 Randy Newmanのつくる唄は、文化と歴史、政治と社会を背景にしたものが少なくない。だから理解するのはとてもやっかいだ。


 たとえば、5曲目の"Sonny Boy"。
 Sonny Boy Williamsonは、ブルーズを集中的に聞いていた頃に聞いたブルーズメンのひとりだったから、名前は知っているが、"Brothers"に登場するサルサの女王といわれる「セリア・クルース」Celia Cruzについては全く知らなかった。
 日頃よく聞いているわけではないけれど、俺のCD棚には、Sonny Boy Williamson IIの"Down and Out Blues," "The Real Folk Blues,""Sonny Boy Williamson & The Yardbirds,""Bummer Road,""King Biscuit Time"が置いてある。
Randy Newmanが歌うように、Sonny Boy Williamsonは、名前の元祖のブルーズマンSonny Boy Williamson I と、その名をかたったブルーズマンSonny Boy Williamson II *1とがいる。俺が持っているCDは、Sonny Boy Williamson IIのものだ。実際わかりにくいから、Sonny Boy Williamson Ⅰ、Ⅱと分けられている。
 Randy NewmanのSonny Boyは、元祖のSonny Boy Williamson Ⅰが、「こいつは俺の名前を盗んだ。俺の魂を盗んだ」("This man stole my name. He stole my soul.")と語る唄の設定になっている。天国のSonny Boy Williamson Ⅰが、地獄にいて天国に来れないSonny Boy Williamson IIに対して歌うわけなのだが、天国にいるブルーズマンは俺だけしかいない。だから淋しくてたまらない。主よ、聞いているなら、俺の切なる願いを聞いてくれ。俺とブルーズをやってくれるブルーズマンを、どうか送ってくれと歌う。

 2曲目の"Brothers"
 "Brothers"についてRobert Christgau氏は、「セリア・クルース救出のために、JFKとRFKがキューバのピッグス湾に 侵攻する」(JFK and RFK launching the Bay of Pigs to save Celia Cruz)"Brothers"と紹介している。
 つまり、"Brothers"とは、JFK (John Fitzgerald Kennedy) とRFK (Robert Francis "Bobby" Kennedy)のことで、ホワイトハウスとおぼしき場所での会話はフィクションだろう。歌の中で、Bobby、Jackと呼び合っているのは、Bobbyは、Robertの愛称。そして、John F. Kennedyの愛称はJackだからだ。
 ケネディ大統領といえば、アメリカの大統領としては大変めずらしいカトリック系。アイルランドからの移民の流れをくむ。そして、キューバ危機の時期の大統領だ。
 歌詞に歌われる"Irish whiskey"*2という小道具に、"Michter's"と "From Mr. George Preston Marshall"という修飾語がつく。
 George Preston Marshallは、ウィキペディアによれば、Redskinsというフットボールチームのオーナーでもあったビジネスマン。黒人差別で悪名高い人物で、黒人選手採用では、そのやりとりにケネディ大統領もかかわったとのこと。
https://en.wikipedia.org/wiki/George_Preston_Marshall

曲の途中で、「セリア・クルース」(Celia Cruz)の名前が登場してくる。このときの演奏の展開、キューバ音楽にはにやりとしてしまう。
 曲の最後で、「興奮してきた、ボブ。ラフ・ライダーズみたいだ」("I'm exceted, Bob. Just like the Rough Riders.")とJFKがいう歌詞がある。
 ”Rough Riders”がアメリカ陸軍の騎兵隊のことを指すことを初めて知った。
https://en.wikipedia.org/wiki/Rough_Riders

 この"Brothers"には、ベビーブーマー世代にはよく知られているテレビ番組の”I LOVE LUCY”も「小道具」として出て来る。
 ルシール・ボール(Lucille Ball)の当時の実際の夫でドラマでも夫役だったリッキー・リカルド(Ricky Ricardo)がキューバ人役で実際にキューバ人だったことから、ピッグス湾侵攻とキューバミサイル危機の時代に、お蔵入りした回のドラマがあったらしい。が、関連はよくわからない。
 
 8曲目の"On the Beach"。
 On the beachを聞いていると、この曲も他の曲と同様に、映画音楽のようで想像力がかきたてられる。
 ビーチで暮らすWillieはサーファーなのか。beach comber*3という単語が頭に浮かんだ。Willieは、実際の人物なのか、架空の人物なのか。架空の人物のような気がするけれども、よくわからない*4

 Some went to college  大学に行った奴もいるし
Some went to war    戦争に行った奴もいる
Some came back crazy  何人かはおかしくなって帰ってきた
Some were crazy before もともとおかしい奴もいたけど

 好戦国のアメリカ合州国
 ここで歌われる戦争はどの戦争なのだろうか。
 ベトナム戦争か。イラク戦争か。どの戦争でもよいのだろう。
 "Some came back crazy"は、PTSDのことを言っているのだろう。

 このあとの歌詞に出てくるacidは、LSDのことだが、freebaseは、純度を高めたコカインのことか。
素敵なメロディで歌われる "You're not a bum, Willie. Never a bum, Willie"という "bum"(浮浪者、ろくでなし)というコトバもきいている。「あんたは浮浪者じゃない」というのは、本気でそう言っているわけではなく、いわば反語で、実はろくでなしだと言っているのだろう。

6曲目の"It's a Jungle Out There"。
 "It's a Jungle Out There"は、テレビ番組のミステリーコメディドラマ「名探偵モンク」に関蓮している唄とのネット上の書き込みを読んだが*5、「名探偵モンク」は未見でよくわからない。。
http://songmeanings.com/songs/view/3530822107858645813/

 Randy Newmanの歌詞は手ごわい。
 だから実際どうなのか知りたくなって困るのだが、昔と違って、今はいろいろと調べる手段がある。
 Robert Christgau氏らのレビューが役立つことは間違いないが、internetでいろいろと調べることができるのは、隔世の感がある。
ま、細かいことはいい。Randy Newmanのアルバムを聞いていると、映画を見ているような気分になって楽しい。
 ランディ・ニューマンのアルバムは、それだけ豊かで深いのである。

*1:"Sonny Boy Williamson KING BISCUIT TIME"のライナーノートに、Sonny Boy Williamson Iの言葉が次のように紹介されている。「俺だけがサニーボーイだ。俺こそが唯一無二のサニーボーイ。俺しかいねぇ。他に誰もサニーボーイはいねぇ」と、一語一語を同じように面白おかしく繰り返してよく言っていた」<"I'm the only Sonny Boy; I'm THE Sonny Boy; there ain't no other one but me," he used to say, amusing himself with the repetition but meaning every word just the same.">

*2:whiskyの綴りだが、IrelandとUSAでは、whiskeyとeが入る綴りが一般的。

*3:浜辺で落し物を拾って歩く人という意味。ルンペンを指す。

*4:ランディ・ニューマンのインタビューを読むと、ランディの子ども時代にモデルとなった者がいたようだが、設定としては不特定の人物といってよいだろう。

*5:Robert Christgau氏のレビューにも言及がある。