留学生20人が学ぶ教室内で、授業に耳を傾ける学生はほとんどいない。スマホをいじったり、母国語でおしゃべりしたり。居眠りする学生もいる――。

 都内のある日本語学校の光景だ。1年半前、この教室で学んでいたウズベキスタン人の男子学生(21)は言う。「日本に来て3カ月経っても、カタカナで自分の名前しか書けなかった」

 代わりに、打ち込んだのがアルバイト。学校から紹介された弁当会社の工場で、毎朝7時から働いた。だが、収入の多くは学費や生活費に消えた。「日本で勉強してお金をためたかったのに、ストレスばかりたまった」。数カ月後、学校から逃げ出した。現在は別の日本語学校に転校し、語学を学び直している。

 この日本語学校で働いていた40代の日本人男性教員は「留学生の6割は、働くことが目的だった」と語る。「来日時に借金を背負ってくるから、必死に働く。もともと勉強する気があった学生も、バイト漬けで、ぼろぼろになっていく」

 「主な学校紹介アルバイト先概要」と書かれたマニュアルには運送会社や弁当工場などの名前と、雇用条件が並ぶ。元教員によると、学校内では講習会が開かれ、企業関係者と教員が働き方などを教えていた。こうした単純作業の職場は常に人手不足で、マニュアルには「日本語能力 ゼロでも可」などの記載もある。

 アルバイトをさせることは、学校の方針だったという。元教員は「学費を稼がせるため、アルバイトを勧めていた。学校が生き残るために仕方がないと、上から言われていた」と話す。アルバイト紹介の際には「面接に合格した場合、アルバイトの保証金1万5千円を必ず学校に預けます」「どんな理由でも6カ月はやめません」などと書かれた書面に署名を求めることもあったという。

 この学校は2018年、東京入国管理局から調査を受け、専任教員が不足していることや、アルバイト紹介について問題があると指摘された。東京労働局からも「アルバイトの仲介業務を行う場合は、許可を取得する必要がある」と指示されたという。学校側は朝日新聞の取材に「アルバイト紹介を無償で行うことについて法律上の許可が必要であるとは全く認識していなかった」としたうえで、現在はアルバイト紹介をしていないと回答した。(高野遼平山亜理

「留学生で食っていくしか」

 「学生数で地域のトップを目指そう」。関東地方のある日本語学校では、年度末の会議になると経営陣から発破がかかる。

 「とにかく学生数を増やす。それが、うちの経営陣の方針にみえます。4年間で3倍になり、校舎も増築されました」。この学校の教員は、こう語る。

 弁当作りや倉庫での仕分け作業など、夜勤のアルバイトをする学生が多い。単純作業では日本語も身に付かず、授業中は眠気に襲われる――。「在留資格は『留学』ですが、彼らの目的はバイト。半分以上は、そんな学生だと思います」

 ベトナムネパールからの学生が多いが、近年はスリランカミャンマーなど多様化が進む。「農家の生まれが多く、『借金を返さなきゃ』とか『親のために働かないと』と焦りを抱えている。だから目先のアルバイトに走ってしまう」と教員はみる。

 日本学生支援機構によると、国内の留学生は29万8980人(2018年5月現在)。政府が08年に打ち出した「留学生30万人計画」がほぼ達成された形だ。当時の留学生の総数は12万人あまりで、10年で約2・5倍に膨らんだ。

 だが、内訳をみると大学生はそれほど増えていない。その代わり、急増を支えているのは日本語学校と専門学校の学生で、18年5月にはそれぞれ約9万人、約6万7千人となった。

 増加の背景には、学校側の事情もある。アルバイト目的の留学だと知りながら、授業料収入のために受け入れる学校が増えているからだ。その象徴が、「ビザ専」。「ビザ」を取るための「専」門学校――。業界でついた呼称だ。

 日本語学校を卒業した留学生は、進学先を見つけなければ日本に居続けることができない。そこで、ビジネスなどを教えるとしつつ、入試の難易度が低く、入学後もアルバイトがしやすい専門学校が人気を集めている。

 関東近郊の専門学校の元幹部は言う。「うちの学校はほぼ全員が外国人。授業に出席さえしていれば、勉強しない学生でも放っておく。日本で少子化が進むなか、留学生で食っていくしかない専門学校は多い」

人手不足の日本側と利害一致

 留学生問題に詳しい佐藤由利子・東京工業大准教授は「東日本大震災は留学生の流れが変わるきっかけでした」と話す。中国や韓国など「漢字圏」の学生が、震災を機に日本を敬遠。危機感を持った日本語学校などが東南アジアに注目し、ベトナムネパールといった「非漢字圏」の学生が増える契機となった。

 元々、日本は留学生が働きやすい環境にある。例えば米国はバイト禁止、豪州は2週間で40時間などの規制があるが、日本は週28時間まで働ける。さらに、学校の「長期休業期間」の間は1日8時間まで認められる。学校やあっせん業者は「働きながら学べる」ことをアピールし、注目を集めるようになった。

 日本国内では同時に、少子化により労働力不足が深刻化した。特に、「技能実習生」が働けないコンビニや居酒屋などサービス業を中心に、留学生の雇用が一気に進んだ。「所得水準の低い国からの『押す力』と、人手不足に悩んで学生確保に走る日本側の『引く力』が合致し、非漢字圏からの学生が急増した。ただ、漢字圏の学生と比べると日本語のハードルは高く、希望の進学を果たせないまま、バイト漬けになる学生も増えた」と佐藤准教授は言う。

 日本語学校は参入の壁が低い。学校法人だけでなく、株式会社でも設立が可能だ。「日本語教育機関の告示基準」を満たすことが条件だが、審査を所管するのは入国管理局。文部科学省の意見も参考にするが、「教育」の観点が欠けているとの批判も根強い。

 法務省は昨年12月、日本語学校日本語能力試験の合格率などの公表を義務づけ、基準に満たなければ学校の認定を抹消するという規制強化を打ち出した。60校以上が加盟する「日本語学校ネットワーク」は「漢字圏からの受け入ればかりになってしまう」「留学の目的は試験合格だけではない」といった懸念を表明している。業界には「真面目に教育に取り組む学校と、悪質校を混同しないで欲しい」という思いが強く、独自に優良校の「認定制度」をつくる動きもある。

 4月からは新在留資格「特定技能」が導入され、労働目的の人は留学を選ばなくなるとの観測もある。だが、コンビニなどは新在留資格の対象外で、引き続き留学生に頼らざるを得ない。状況が大きく変わるかは不透明だ。

高野遼平山亜理)