被爆地・広島市。今行われている市長選は、2017年に国連で核兵器禁止条約が採択されてから初の選挙だ。条約に反対する日本政府に、市長はどこまで「ノー」と直言するべきか。2期8年の実績を訴える現職と、現職のスタンスが物足りないと主張する新顔らの争いになっている。

 「世界中の人々に広島の心、核兵器廃絶と恒久平和を共有していただけるような世界を目指す」

 告示日の24日、出陣式で現職の松井一実氏(66)が訴えた。松井氏は平和問題を重要な施策とする一方、演説で時間を割いたのはJR広島駅前の再開発など「都心の大改造」による街の活性化だった。

 同じころ、市民団体代表の川后(せんこう)和幸氏(67)は平和記念公園での第一声で、松井氏を批判した。「広島の平和宣言には核兵器禁止条約に署名・批准しない政府への抗議が一切ない」

 核禁条約は「核なき世界」への大きな一歩と期待する被爆者は少なくない。だが日本政府は「条約に参加すれば、米国による核抑止力の正当性を損なう」などと反対し、交渉会議に参加しなかった。

 昨年8月6日、安倍晋三首相も参列した広島原爆の日の式典。松井氏は平和宣言で政府に対し、「(国際社会が)対話と協調を進めるよう、その役割を果たしていただきたい」と述べたが、条約の批准を直接は求めなかった。

 その3カ月後。ノーベル平和賞を受賞した国際NGO「核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)」とともに活動してきたカナダ在住の被爆者サーロー節子さん(87)が、故郷・広島で開いた講演で嘆いた。

 「被爆都市の市長が条約の批准を首相に求めない。核時代の警告を世界に発信する広島の心は、どこにいったのか」。その後の会見でも、条約への賛同を政府に求めた長崎市長の平和宣言を引き合いに出し、「広島からの宣言があれでは弱すぎる」と指摘した。

 これに触発され、平和や女性運動にかかわる市民が「条約の批准を政府に求める市長を誕生させよう」と動き始めた。「政府にしっかりモノが言える広島市にしたい」と今年3月に立候補表明したのが川后氏だ。

 松井氏は、国内外7735都市が加盟する国連登録NGO「平和首長会議」の会長として、日本を含む各国政府に批准を要請している。3月の会見で、川后氏側の批判を念頭に「日本政府がやらなければ核兵器廃絶ができないのではない。世界の、とりわけ核保有国に『わかってください』と言っている」と述べた。

 金子和宏氏(51)も立候補し、「世界ブランドである平和都市を輝かせたい」と訴えている。

 ピースボート共同代表で、ICANの国際運営委員を務める川崎哲さんは「今は大変重要な時期」という。米国が中距離核戦力(INF)全廃条約からの離脱を宣言し、朝鮮半島の非核化も先行きが不透明だ。「ヒロシマにリーダーシップが求められる。広島の役割は何か。市民も市長に対し、積極的に問いかけを続けてほしい」と話す。

 広島市の80代の被爆者の女性は、平和首長会議などの松井氏の対外的な取り組みを評価しつつ、「一番やるべき事は足元の日本政府に強く言うこと」とも思う。選挙で議論が深まることを期待している。(宮崎園子、東郷隆)