「日本が変われば世界が変わる サーロー節子さんの憤り」

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以下、朝日新聞デジタル版(2020/10/25 9:04)から。

 核兵器禁止条約の批准国が、発効に必要な50に達した。ただ、その国々の中に日本は名を連ねていない。原爆の惨禍の体験者として世界各国で証言を続けてきたカナダ在住の被爆者、サーロー節子さん(88)は憤る。「唯一の戦争被爆国」と自ら名乗る国が、それでよいのですか。

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 新しい条約、飛び上がるほど喜んでいます。ここまですごいスピードで進んできた。びっくりしました。

 サーローさんは、核兵器禁止条約採択への推進役となったNGO核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN)の若者たちと連帯し、200近い国のリーダーたちに、条約への批准を求める手紙を書いてきた。

 ヒロシマ・デー(8月6日)に批准したナイジェリアの外交官から素晴らしい返事がジュネーブICANに来たらしいの。私の手紙が届いて、すぐさま大統領に見せたと。そんなことが他の国でもあったみたいで。一つでもそういう国があったと聞くとうれしい。

 2月、ICANのメンバーとスペインにいったとき、そのうちの1人が国連との調整をしてきたNYに住む弁護士で、「ちょっと飛んでマルタに行く。話をまとめてきたい」と。そしたら先日、(45カ国目の批准国)マルタがやってくれましたね。色んなメンバーが国々をサポートした。

 6月には当時の安倍晋三首相にも手紙を書いた。「条約への署名・批准に向かって取り組むと宣言すれば、あなたが遺(のこ)した最大のレガシーとして日本と世界の歴史に刻まれる」と求めた。だが、日本は批准しない。

いったい日本の核政策って何なんだ
 失望どころじゃない。条約交渉会議が始まった時に日本の大使が出席しないと言ったので、「我々は裏切られ、見捨てられた」と話した。もっと日本政府の支えがあると思っていた。でも実際は反対ばっかり。

 (後略)

(聞き手・宮崎園子)