「日本のレコード市場、10年で10倍 そのわけとは…?」

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以下、朝日新聞デジタル版(2021/2/12 8:00)から。

 2020年上半期の米国でのレコード売り上げが、CDを上回ったという全米レコード協会の昨秋の発表は、衝撃をもって受け止められた。日本でもレコードの売り上げはこの10年で10倍以上になった。カセットテープ市場も、世界的ミュージシャンが続々参戦し、熱を帯びる。サブスクリプション(定額制)の配信によって1千円程度で数千万曲が聴ける時代に、なぜアナログが人を引きつけるのだろうか。

 2月の日曜日の午後、アナログレコードを中心に扱う東京・渋谷の「HMVレコードショップ渋谷」を訪れると、店内には若い世代の姿が目立った。

 横浜市の高校1年生、永井公さん(16)は、宇多田ヒカルを手始めにレコードを買うようになった。2004年生まれで、音楽配信サービスが当たり前の世代。定額の音楽配信サービスには入っているが「盤に針を落としたときのパチパチという音で心が温かくなるし、部屋に置くだけで気分が上がる」と話す。

 店長の野見山実さんによると、物心がつく頃にはCDが主流だったはずの30代以下の人が、客層の3分の1程度を占めるという。14年の開店以来、年約30%の売り上げ増を続けてきた。新型コロナの影響で昨年は減少したが、通販は前年比1・5倍になったという。

音楽の「所有」 新鮮な体験
 東京・新宿に19年にオープンしたアナログレコード専門店「タワーヴァイナル新宿」も若い世代が多いという。「レコードってどうやって聴くんですか、と制服姿の女子中学生に聞かれることもあります」とスタッフの田之上剛さん。「若い人には、レコードは古いものと思われていない。音楽をモノとして所有した経験がないから、新鮮に感じるんだと思います」

 日本レコード協会によると、アナログレコードの売り上げは10年に1・7億円で底を打ち、20年には21・2億円と10倍以上に増えた。新譜数も42から316と7倍以上になっている。

 ソニーミュージックグループは16年にアナログレコード専門のレーベル「GREAT TRACKS」を立ち上げ、17年には29年ぶりにレコード生産を開始。その後工場のラインを二つに増やした。

 ソニー・ミュージックダイレクトのディレクター、蒔田聡さんは「アニメ関連のレコードも売れるが、買う若者の半分以上はプレーヤーを持っていないのではないか」と話し、「インテリアとしての需要は大きい」と分析する。「ライブ市場もコロナ前まで急成長していたが、デジタル化が進む中で、人間が本能的に求めてほっとするのは、接触したり形があったりするアナログなのかもしれない」

「年を取らぬ」デジタル、「ともに老いる」アナログ
 音楽評論家の萩原健太さんは、「高音域や低音域をカットしたCDや、それを圧縮する通常のサブスクと比べ、よりミュージシャンが『これだ』と思った音に近い音を聴ける」と音質面での違いを語る。一方で、経年劣化で変わっていくのもレコードの魅力だという。「デジタルデータは劣化しないが、レコードはジャケットがすり減ったり、盤が傷ついてパチパチという音が強くなったりして、それも含めて、自分とその音楽が一緒に年を重ねて老いていく感覚がある。そういったロマンがアナログ盤にはあって、魅力につながっているんだと思います」 

ビリー・アイリッシュレディー・ガガら、カセットテープでの新譜リリースが増えている。英国レコード産業協会によると、昨年の音楽テープの売上本数は、前年の約2倍の15・7万本と、過去15年で最高になったという。

 東京・中目黒でカセットテープ店「waltz」を営む角田太郎さんは「カセットは、低予算で作れ、車で聴けるという利点から、10年代前半に米西海岸のインディーズのリリースが相次ぎ、それが欧州などに波及していった」と話す。15年の開店から、コロナ前の19年まで売り上げは前年比40%増が続いた。「中音域に集まるパンチのある音が魅力。定額で数千万曲が聴ける配信では、音楽のありがたみが損なわれる。そんな中でモノとしての価値が再評価されてきている」と話す。(定塚遼)