「「天皇陛下、五輪で感染拡大懸念」 歴史的なメッセージはなぜ出されたのか?」

以下、AERA dot. (2021/6/25 11:17)より。

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 東京オリンピックパラリンピック開催まで1カ月を切った。このタイミングで宮内庁長官は、なぜメッセージを出したのか。

「オリンピックをめぐる情勢につきまして、天皇陛下は現下の新型コロナウイルス感染症の感染状況を、大変ご心配されておられます」

 6月24日、宮内庁の西村泰彦長官は定例会見で、約1カ月後に迫った東京五輪について、天皇陛下が新型コロナの感染拡大を心配していることを明らかにした。さらに、こうも続けた。

「国民の間に不安の声がある中で、ご自身が名誉総裁をお務めになるオリンピック・パラリンピックの開催が感染拡大につながらないか、ご懸念されているご心配であると拝察しています」

 その場にいた記者は、長官に対して慎重に、こう念押しをしている。

「これは陛下のお気持ちと受け止めて間違いないのか」 

 長官は、「陛下から直接そういうお言葉を聞いたことない。そこは誤解ないように」、と釘を刺しつつも、「陛下はそうお考えではないかと、私は思っています」とはっきりと言い切っているのだ。拝察という言葉を使いながらも、お気持ちを代弁していると明言したに等しい発言だった。

「実質的な、令和の天皇のメッセージであると私は感じました」

 そう話すのは、皇室制度に詳しい小田部雄次静岡福祉大学名誉教授だ。

「令和皇室で、政治的判断に関わる主体的な言葉が国民に伝わったのは、初めてといっていい。陛下は国民にメッセージを発するタイミングを慎重に見極めていたのだと思います」

 宮内庁は、内閣総理大臣の所轄の機関で、総理府の外局組織という位置づけにある。組織として、五輪開催のかじ取りをする政府と対立する姿勢は示しづらいのが実情だ。

 しかし、開催を1カ月後にひかえたいま、コロナ禍での五輪に対する国民の心は揺れ、「五輪分断」ともいえる状況になりつつある。

 五輪開催反対を唱えるデモは、日本オリンピック委員会JOC)のビルの前や都庁前などで、連日続いている。かといえば、すぐそばで賛成派のデモがおこなれわれていたという報道も。弁護士の宇都宮健児氏を発起人とする五輪開催中止の署名は42万人を超え、ツイッター上でも五輪に反対するツイートは、10万を越えたと報じられた。

 東京都医師会の尾崎治夫会長は有観客開催に突き進む状況に、「理解不可能」とコメントを出しているし、医療従事者からも疑問の声が噴出している。仏国のルモンド紙は、東京のデモなどを紹介して、「日本人の3分の2が延期か中止を求めている」「五輪は日本列島を分断している」と書き立てる始末だ。

 そんな中、各競技の代表選考会は着々と進み、準備をしてきたアスリートを応援したいという気持ちが国民の中にあるのも事実だ。

 皇室を長く見てきた人物は、現状をこう分析する。

「政府と民意が衝突し、国論は割れたままだ。中立であるべき天皇が、東京五輪の名誉総裁として、開催宣言に立たされることになる」

 さらに皇族方は、競技会場で観戦することになる。天皇が開催を宣言し、皇族が集まった五輪で、多数の国民やアスリートらに感染が広がったとなれば、関わった皇室も無傷ではすまないだろう。

「ましてや両陛下は、政府の分科会の尾身茂会長から新型コロナの感染状況などについて2度にわたり、じっくりと説明を受けています。学者としての顔を持つ陛下は、医学者たちの見解は重視なさると思います。また諸外国との交流もあるので、海外が五輪に寄せる懸念も耳に入ってきているでしょう。天皇陛下は、どれほど危機的な状況であるかを、よくご存じのはずです。ご自身の懸念を表明しておく責任も感じたと思います」(前出の小田部さん)

 このような背景があっての、宮内庁長官の会見での発言。表向きは長官が天皇陛下のお考えを「拝察」という形をとってはいるが、陛下への事前の報告と許可を得ないまま宮内庁長官が、勝手に発言することはない。前出の人物は、皇室は五輪に対するスタンスを明確にしたかったのでは、と話す。

「長官と陛下の間では、どのようにメッセージを発するかについて、やり取りはあったはずです。宮内庁としては五輪がはじまる前に、『皇室は、五輪と距離をおいている』というメッセージを、明確に発信したのでしょう」

 小田部さんも、天皇陛下は自分の本意を歴史に残しておきたかったのだろう、と感じた。

「政治への影響を及ぼさなよう言葉を選びながらも、安心して開催される確信もないというギリギリの言葉を選んだのだろうと思います。ある意味、責任逃れとも受け取られかねないメッセージでしたが、中止へのメッセージは政治への介入となる。一方で、五輪で感染が爆発的な感染が生じるかもしれない、という懸念もある。天皇としての考えを記録に、歴史に残したかったのだろうと思います」

 コロナ禍で、令和の皇室はリモート公務が主体になった。国民にとって皇室は、どこか遠い存在になりつつあった。しかし、この長官を通じたメッセージは、令和の皇室の輪郭を浮かび上がらせたようにも思える。(AERAdot.編集部 永井貴子)