ハロルド・ピンター氏の「何も起こりはしなかった」を読んだ

何も起こりはしなかった

 ハロルド・ピンター氏の「何も起こりはしなかった ―劇の言葉、政治の言葉 (集英社新書)」を大変面白く読んだ。
 少年時代にマクベスを演じることで演劇の世界に引き込まれたハロルド・ピンターは、その後、シェイクスピアの劇を演じながら、演劇の修行をして、劇作家となった。
 当然、コトバに対する氏の思い入れは強い。
 コトバというものは、現実を可能な限り忠実に表現しようというはたらきと、現実の認識をごまかすはたらきとがある。コトバをめぐっては、だから、めくらましのコトバで現実を見させまいとするインチキ政治家とデマゴーグ、そして、そのインチキさを剥ぎ取ろうとする知識人の言説との間で対立・矛盾・葛藤があるはずだ。
 真の劇作家であろうとするハロルド・ピンター氏は、コトバと現実の政治との間の問題を真剣に考えざるをえなかったのだろう。
 本書の中で、ハロルド・ピンター氏のブッシュ・ブレア批判は辛辣だ。
 「自由、民主主義、解放。これらの言葉は、ブッシュやブレアによって使われる時には、実質的には死、破壊、無秩序を意味しています」というのは、まさに言葉の意味論的錯乱。オクシモロンの世界を言っているのだろう。
 ノーベル文学賞を受賞したときの記念講演をはじめ、「アーサーミラーの靴下」など、とても面白かった。