「映画監督・山田洋次さん 大声で笑い、怒ればいい」

amamu2015-12-12

 以下、「フロントランナー」から。朝日新聞(2015年12月12日03時30分)デジタル版より。
 

 今日12月12日は、映画人にとって特別の日だ。巨匠小津安二郎監督の誕生日であり、ちょうど60年後、没した日なのだ。その日、同じ松竹の流れをくむ自身の新作「母と暮せば」が、全国公開される。「同じ日になったのは偶然ですが、やはり何か縁を感じますね」と感慨深そうに言う。

 松竹に入社したころは、小津監督の全盛期だった。でも、「小津映画はいつも同じ手法、世界で、僕らは問題にしてなかった」。あこがれていたのは、毎回意欲作を発表する木下恵介であり黒澤明だった。イタリア映画「自転車泥棒」のようなリアリズム映画を撮りたかった。

(フロントランナー)山田洋次さん 「井上ひさしさんの遺志をゆだねてもらった」
 小津のすごさを意識したのは、「寅さん」を撮りだしたころからという。人間を見る角度、人間の描き方が、いつのまにか影響されていた。

     *

 48作に及ぶ「寅さん」シリーズで、日本人のお腹(なか)の皮をよじらせ続けた監督は、一方で「同胞」「家族」など、戦後社会の変貌(へんぼう)を見つめる重厚な作品も手がけてきた。長崎の原爆をテーマにした「母と暮せば」は、後者に属するが、原爆というシリアスなテーマにもかかわらず、あるいはだからこそ、ユーモアが随所に埋め込まれている。

 原爆で亡くなる医大生の息子は、亡霊になって母の前に現れる。彼のキャラクターは、戦死した若き詩人、竹内浩三からイメージを得たという。21歳で入営、フィリピンで戦死した竹内は、明るく剽軽(ひょうきん)な性格で、漫画好きの青年だった。映画に登場する息子も確かによく笑い、明朗だ。浩二という名も竹内にちなむ。

 「笑い」は物事を距離をもって見るときに、初めて現れる。描くのは簡単ではない。監督3作目の喜劇「馬鹿まるだし」ができあがり、劇場に行くと、客が大声で笑っている。自分でも驚いた。僕も人を笑わせる映画をつくれる、こういう風にすればいいんだ、と客に教えてもらったという。

     *

 ある時、大阪・天王寺の映画館の支配人から、こんな話を聞いた。

 寅さんシリーズに、いしだあゆみさんがマドンナの「寅次郎あじさいの恋」という作品がある。夜遅く、寅さんが寝ている部屋に彼女が忘れ物をとりに来るという、ちょっと色っぽいシーンで、突然、「いてまえ」(やっちまえ)というかけ声が起きた。すると「アホか。こういう時に何もできへんのが、寅のええとこやないか」と声がかかり、場内大爆笑に包まれた。支配人から「えらいシャシン(映画のこと)、つくりましたなあ」といわれた。

 「最近、日本人はおとなしくなってしまった。政治的なことも含め、不満があれば大声で怒り、叫び、楽しければ、おもしろければ、大声で笑ったらいいのに」

 次回作は熟年離婚を扱う「家族はつらいよ」で、小津監督の「東京物語」を下敷きにした2年前の作品「東京家族」の出演者が、そのまま出る。来春公開、久しぶりの本格喜劇だ。

 (文・牧村健一郎 写真・郭允)

     *

 やまだようじ(84歳)