「衆院選前に野党がたった1日で消滅 「まともな国では起きない」と高村薫氏〈AERA〉」

以下、AERA 2017年10月23日号から。10/21(土) 11:30配信 。

 間近に迫った衆院選を、小説家・高村薫さんはどう見るのか。インタビューで聞いた。

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 今回の総選挙をメディアは3極が争う構図と報じていますが、違います。小池百合子代表が自民との連立に言及した時点で、希望は完全に「第2自民党」になった。選挙協力する維新は、元々官邸と極めて近い関係にある。自公プラス希望・維新は右派、そして、瓦解した民進から希望に合流しなかった立憲民主は枝野幸男代表を除き明確に左派です。中道がない2極構図になった。私も含めて有権者の概ね半分は、政治的には穏健な中道のはずですが、その人たちが票を投じる先がない。

 小池さんはとことん権力ゲームが性に合っているのでしょう。いろんな政党を渡り歩いて権力ゲームの中に手を突っ込んで、機敏に先端に躍り出てきた。一方で、政治は自分のステージを上げるための道具であって、ポジションをつかんだ後に具体的に何をしようという信念は感じられない。原発ゼロなのに再稼働OKとか、花粉症をゼロにするとか選挙公約も意味不明です。都知事就任後も、五輪施設の見直しや、築地市場移転問題では築地も豊洲も生かすと言ってみたり、掲げた公約は中途半端。極めつきは、築地と豊洲併存の検討記録が残っていないことを、公約でもある情報公開方針と矛盾すると追及されると、政策決定者たる自分は人工知能だから文書が不存在なのだと言い募った。

 私が有権者の政治意識で気になるのは、すぐに忘れてしまうことです。昨夏の都知事選で大きく下がった自民党の支持率は、9月には持ち直した。森友・加計問題も、野党が求める臨時国会召集の要求を2カ月放置し、ようやく召集したと思ったら冒頭解散。この間、これからは丁寧に説明すると頭を下げた安倍晋三首相は、結局それもしなかったのに、支持率が40%台に回復してしまう。

 私は一有権者として政治家の重大な発言はわりに覚えています。だから小池さんが核武装も検討に値すると発言したことも、防衛大臣時代に喜々として自民党の安保観を代弁していたことも、靖国神社に参拝を続けてきたことも覚えている。最近とても驚いたのは、関東大震災朝鮮人犠牲者追悼式に追悼文を送らなかったことです。タカ派で知られた石原慎太郎氏でさえ毎年してきたし、歴代都知事は全員が行ってきたことです。

 有権者で今の生活に大満足という人がいるでしょうか。好景気の実感は全くないし、非正規雇用者は特に長時間労働を強いられているし、大金かけて塾に行き倒さないといい学校に進めないような教育格差の拡大。富の再分配がきちんと行われず、経済政策も日銀の金融政策任せ。新エネルギー政策を本気で推進したらすごい産業構造の改革が起こるはずなのに、グズグズと原子力になし崩しに戻す。沖縄に強いてきた米軍基地負担問題だって、本来は返還から総括して経緯を理解したうえで議論しなければいけないのに、争点にすらなっていない。暮らしも社会も全て政治のせいで傷んでいるのに、有権者が「不透明だね」という情緒的な疑問で終わらせている。

 私が選挙権を得て四十数年になりますが、今回は間違いなく最低の選挙です。仮にどんな結果が出ても、改憲勢力の大連立でしょう。かつて派閥の均衡のうえにハト派からタカ派までが共存し、長期政権を築いた自民党はマシだったんだなと、振り返ればしみじみと思います。

 小選挙区制がその派閥政治を壊し、風頼みで選挙結果が左右され、本来政治家の資質のない人が当選しては問題を起こす繰り返し。揚げ句の果てに5年前まで政権政党だった野党第1党が、たった一日で消滅するマンガみたいなこと、まともな国では起きませんよ。行政府の長である首相が自分を立法府の長と平気で間違えたり、捜査機関も裁判所も政府にベッタリのこの国は、そもそも三権分立が機能していない。有権者はもっと怒らなきゃいけないんですよ。(構成 編集部・大平誠)