以下、朝日新聞デジタル版(2017年11月4日05時00分)から。
3日で日本国憲法の公布から71年。安倍晋三首相は憲法改正の議論を加速させようとしている。その柱が、憲法9条への自衛隊の明記だ。自衛隊違憲論を封じたいようだが、憲法学者に聞くと話は単純ではない。9条の性格そのものが変質する危うさを指摘する声が上がる。(編集委員・豊秀一)
「どんな条文になるのかわからないが、自衛隊の違憲性は問われ続ける」。水島朝穂・早稲田大教授は言い切る。
憲法9条2項が戦力の保持を禁じているため、政府は「自衛のための必要最小限度の実力」を持つことは許されるとして、自衛隊を合憲と説明してきた。「政府の説明でも、現状の自衛隊の規模や装備、能力が、必要最小限度の実力を超えていれば戦力にあたり、憲法違反となる。2項が残る以上、違憲論は消えない」
一方で水島氏は「自衛隊の明記によって、2項は骨抜きになる」とも指摘する。安倍政権は2014年7月の閣議決定で、集団的自衛権の行使は許されないとしてきた政府解釈を百八十度変更。学者らから「憲法違反」との批判を受けた。「政府解釈を元に戻し、専守防衛のラインに引き戻すべきだが、その根拠が失われる。軍拡をしても政府は『自衛力』の範囲内だと強弁し、実質的な『軍隊』になっていくだろう」
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「この数年で『憲法』がまるで『ケンポー』に。ずいぶん軽い存在になってしまった」と語るのは、青井未帆・学習院大教授。憲法53条に基づき、野党が臨時国会を要求しているにもかかわらず、安倍政権は無視を続けた。「憲法は守らなくてもいいもの、という空気を政権が作ってしまった。海外で首相は『法の支配』を強調し、国内では何ものにも縛られない権力を志向する。国家的な信用を失う事態なのです」
自衛隊明記の先に何が起こりうるのか。安倍首相は語らない。「将来的には2項を削除し、自民党の憲法改正草案にある国防軍の設置に向けた足がかりにもなりうるだろう」
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「9条の政府解釈を1ミリも動かさない」。6月の自民党の憲法改正推進本部の会合で本部長だった保岡興治氏はこう発言したが、愛敬浩二・名古屋大教授は「憲法改正による法的な効果が変わらないのであれば、何百億円もかけて国民投票を行うのは、壮大な無駄だ」と語る。
しかも、憲法学者の中にある違憲論を解消するのが改憲の理由だという。「安全保障関連法を成立させる際には憲法学者の違憲論を無視しながら、ご都合主義が過ぎる。違憲論との対抗の中で、政府は自衛隊を合憲の存在としつつ抑制的に運用してきたのが、これまでの歴史だ」と愛敬氏。
「自衛隊明記の提案があれば、私たちが国民投票で問うべき問題は、集団的自衛権の行使を容認した解釈変更の是非だ。否決されれば、政府解釈は元に戻し、安保関連法は廃止されることになるだろう」
「多くの憲法学者や政党の中には、自衛隊を違憲とする議論が今なお存在する。『自衛隊は、違憲かもしれないけれども、何かあれば、命を張って守ってくれ』というのは、あまりにも無責任。自衛隊の存在を憲法上にしっかりと位置づけ、『自衛隊が違憲かもしれない』などの議論が生まれる余地をなくすべきだ」(5月3日、改憲を求める集会に寄せたメッセージ)