羽仁進「教室の子供たち」を観た

 羽仁進監督の映画はほとんど観る機会がなかったが、羽仁監督の教育映画は古典として耳にしたことはあった。
 今回機会があり、はじめて「教室の子供たち」(1954年)を観た。
 教育環境や家庭環境が関係しているのかどうかわからないが(おそらく多少は関係しているのだろう)、羽仁進は、よほど自由な感性の持ち主だったに違いない。戦後当時の民主化のよい部分を栄養分にもしているのだろう。誤解を恐れずいえば、常識にとらわれない自由な発想は、世間からずれていて当時の作り手からしても受け止めにくかったのではないかと想像する。そうでなければ、1950年代に、当時の文部省の依頼で、指導しにくい子どもをどうしたらよいかというお題で、あのような自由な映画はつくれまい。
 「教室の子供たち」の優れているところは、まさに、この教室にいる気持ちになれることだ。
 カメラ*1が収めている子供たちのアップされた顔・顔・顔(羽仁は心理学に興味があり、人間の顔つきに興味があったという)。
 子供たちはカメラを意識しているようには全く見えない。
 監督自身の制作秘話を聞いたら、最初、隣の教室との壁の節穴からカメラを覗かせる案が出たらしいが羽仁はそんなバカなことをしたら子供らに見つけられて大変な騒ぎになるだろうと却下したらしい。実際に教室にカメラを持ち込んでみたら、大の大人たちが小学校のやり直しかと子供たちに真顔でからかわれたようだ。カメラの物珍しさもあって最初は大変な騒ぎになったらしいがそのうち子供たちはカメラを気にしなくなったという。この優れた方法論を採用したお陰で、子供たちの自然な姿を見ることが可能となった。ナレーションのいう「その子にしかない尊い個性」「皆一日として同じところに止まっていない」自然な姿である。
 こうして、監督として、子供たちを観察することが可能となった。優れたドキュメンタリーが完成するか否か。あとは、監督の観察眼と洞察力にかかってくるというわけだ。


 羽仁の見た教室の子供たち…。
 優等生で完璧主義者で、自分なりにやらないと気がすまない子。
 鼻水をたらしながら夢中になって話の中心になっている女生徒。
 はにかみ屋で教師の発問になかなか手があげられない子。
 人見知りする消極的な生徒はどこにでもいるものだ。
 教室においても、いわば目には見えない注目されるステージがあり、その舞台の上に立てるスター的存在がいるものだ。エンターテイナーがいるものだ。そうした華のある生徒たちは、そもそも観察される側であるし、ある種スター性を維持するために本人が興奮状態だから観察眼は育ちにくい。

 ステージに立つことはないかもしれないが、いわば客席にいる生徒の中からこそ観察眼に優れた生徒が出てくる可能性が高い。将来、こうした生徒の中から出てくるのが、監督や作家、すぐれた教師ではないかと思う。
 羽仁も、そうした生徒のひとりだったのではないだろうか。

 ある日、羽仁は、友達と遊ばない女子生徒の存在に気づく。
 遊んでいる生徒がたくさんいる校庭で、ひとりぽつんといるこの女子生徒のショットは印象的だ。

 羽仁にそう言われた、そのときの担任教師の反応は、そうかしらという淡白なものだったが、この教師の優れているところは、羽仁の観察を受け止めて、その生徒を観察し始め、後日、羽仁の観察を認める寛容性をもっているところだ。教師という職業には観察眼は不可欠だし、それを洞察にまで高める努力を普段にしなければならないのだが、多くの生徒を抱えている教師は生徒のすべてのことに気づくことはできない。もちろん映画監督は映画監督として観察しているのだが、羽仁の観察眼は鈍っても曇ってもいない。
 着眼点の鋭い羽仁は、教室で見せる顔と家での顔は違うということに眼を向ける。

 ところで、この教室の担任は女性教師である。
 教育実習の教師も女性である。
 女性教師というのはたまたまかもしれないが、映画の中での男性教師との対比は、おそらく監督の直感によるものだろうが、面白いし、教育的視点としても優れている。
 登場する男性教師の指導方法は、一斉授業型であり、管理型であるのに、女性教師のほうは、羽仁の提案もあったようだが、「対話と討論」型であり、参加型なのだ。
 一斉授業型か、「対話と討論」型か。いまなおこの問題が教育現場で問われている。

 「絵を描く子どもたちー児童画を理解するために」(1956年)など、羽仁進監督の他の教育映画も観てみたくなった。

*1:リフレックスという当時はたいへん珍しい一眼レフカメラ。望遠レンズをつけて撮影が可能。