「「元号に罪ないが、政治ショー化フェアでない」内田樹氏」

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 以下、朝日新聞デジタル版(2019年4月2日5時0分)から。

元号「令和」
元号は「令和」(れいわ) 万葉集典拠、国書由来は初

 〈思想家の内田樹さん(68)の話〉 令和という元号には政治的なにおいはしない。中立的な元号を選んでいただき良かった。中国古典でなく、国内最古の歌集である万葉集を典拠にしたというが、漢詩万葉集の元となる詩があるという話がすでに中国文学者たちから指摘されている。政権は支持層の国粋主義者の意向に配慮して、中国ではなく、国書に典拠を持つ元号にこだわったが、結局、政治的効果を優先したせいで、学術的検証が十分でなかったということになった。元号そのものに罪はないが、元号という全国民が用いる文化的な制度について、特定の政治勢力に配慮して、冷静で丁寧な学術的検証が省かれたという疑念は拭えない。

 問題は、政権が元号発表を政治ショー化したことだ。首相や官房長官ら現政権側が大量にメディアに露出し、お祭り気分をあおることで、政治的な難問は棚上げされた。「めでたい時にやぼなことを言うなよ」ということなのだろうが、お祭り騒ぎに紛れて、今、日本が直面している諸問題を忘れることは政権担当者には許されないことである。また、統一地方選の最中でありフェアでない。元号のような文化的な制度にこのように露骨に政治的な策略を絡めたことについては、私は元号擁護論者として強い不快感を覚えている。

 「平成」から「令和」に元号が変わっても日本が「落ち目」局面であることに変わりはない。少子高齢化で経済成長はもう期待できない。資源の再分配はうまくいかず、格差は拡大し続けている。しかし、多くの国民の目には、これからの日本社会の鮮明なイメージが提示されていない。これからどうなるのか、ある程度はっきりした見通しが立つなら、たとえそれが厳しい現実であっても、それに対処すべく工夫のしようもあるが、先行きについて「大本営発表」的な空語しか語られないと、不安になって、手持ちの資源を抱え込んで、現状維持のまま立ちすくむしかない。それでは状況は悪化するばかりである。

 日本にはまだ美しい自然、治安、観光資源、医療、教育、エンターテインメントなど豊かなストックがある。五輪、万博、リニア、カジノといった打ち上げ花火的なプロジェクトで無理やり経済成長をめざす道を捨てて、この豊かな資源を大切にする穏やかな生き方にシフトするべきだ。