原子力規制委員会が24日、設置が遅れている原発のテロ対策施設が期限に間に合わなければ、運転を止めることを決めた。基準を厳格に適用し、「救済」を求めた電力会社の意向を明確に退けた。今後の再稼働の計画に影響するほか、見通しを誤った電力会社の経営にも打撃となりそうだ。

 この日午前の定例会。5人の委員が期限の維持と運転停止の方針を全会一致で決めた。期限を迎えた原発の停止のタイミングについては議論もあったが、更田豊志委員長は「規制の根幹にかかわる。利用停止は明確にしたい」と述べた。

 テロ対策施設の設置の遅れはこれまでも問題にされてきたが、電力各社が規制委に対し公に遅れを認めたのは17日。当初は想定できなかったほど工事が大規模になったと釈明した。関西電力の森中郁雄常務は「最初の時点で見通せなかったのは反省点」と認めた。

 敷地が狭く、山を切り開いたり工事用のトンネルを掘ったりといった工事に時間を要する。美浜原発福井県)は土木工事だけで約5年かかるという。土日も含めて24時間態勢で工事を続けているが、「工事が遅れることはあっても、これ以上の短縮は難しい」(大手電力幹部)のが現状だ。

 テロ対策施設の審査が長引いたことへの不満もくすぶる。九州電力川内1号機は約3年かかった。「5年以内」の設置期限について、九電関係者は「初めての施設で、議論に時間がかかった。そもそも期限が妥当だったのか」とこぼす。

 これに対し、更田委員長は「設置に手間取っているのでもう少し(延期を)と繰り返したら、規制の精神にかかわる」と一蹴した。規制委は2015年に期限の先延ばしを決めた際、次に対応が間に合わなければ停止することを確認した経緯もあり、再延長の選択肢はなかった。期限を過ぎても一定期間は運転を認める案も検討したが、「法的に健全ではない」(更田委員長)と運転停止が妥当と判断した。(西尾邦明、女屋泰之)

 

 ■施設費、1基500億~1200億円

 テロ対策施設は、東京電力福島第一原発の事故を受け、意図的な航空機の衝突など、発生のリスクは極めて低いが、深刻な影響を受ける事態に備えて新たに設置が義務づけられた。スイスドイツ原発では同様の設備を備えており、日本も参考にした。大規模な工事が必要なことから、設置までの期限が5年間猶予された。

 新規制基準は、原発から一定の距離にある場所から遠隔で原子炉を操作できる緊急時制御室のほか、原子炉を冷却し続けるための発電機やポンプなど一連のバックアップ設備を備えるよう求めている。

 原発の中枢機能を集めた設備をもう一つ造るようなもので、建設費は1基あたり500億~1200億円を見込む。一部の原発では、審査中でも期限を見据えて工事が始まっている。だが、設置が終わった原発はまだない。6原発12基が審査を申請し、最も先行する九電川内1、2号機で、今年2~4月に必要な審査が終わった段階だ。

 設置が遅れていることについて、明治大の勝田忠広教授(原子力政策)は、「電力会社がテロ対策を本気で考えていないことが表れた」とした上で、「福島の事故前のように、国が何とかしてくれるという甘えが残っていた」と話した。(川田俊男、小川裕介

 

 ■停止、経営を圧迫

 関電は再稼働させた原発4基、安全対策中の3基を合わせた計7基について、最長で2年半の停止を余儀なくされる見通しだ。

 再稼働済みの4基も設置の期限がずれており、一斉に止まるわけではないが、原発の代わりに火力発電所を動かすため、燃料費が経営を圧迫することになる。

 原発を再稼働させることによる燃料費の節約について、高浜3、4号機で年約840億円、大飯3、4号機で年約1200億円の効果があると説明していた。関電の18年度の営業利益見込みは2千億円ほどなので、影響は大きい。

 九電と四電も再稼働した原発を止めれば、それぞれ1基あたり年間400億~600億円ほどの燃料費が余分にかかると見込む。九電幹部は「稼働する原発が1基でも止まれば相当なインパクトだ」とこぼす。

 3社の株価は24日、いずれも年初から最安値を更新した。「国の決定に従うしかない」。九電の貫正義相談役は24日、こう語った。

 菅義偉官房長官は記者会見で「原子力規制のあり方については、高い独立性を有する原子力規制委員会の判断に委ねる」と述べた。

 原発再稼働について、政府は「世界で最も厳しい水準の規制基準に適合すると認められた場合に、その判断を尊重する」とし、規制委の「お墨付き」を得る形にして批判を避けてきた。それだけに今回の決定に異を唱えるのは難しい。

 原発を推進してきた経済産業省には「唐突感がある」(中堅)と衝撃が広がった。政府は2030年度に総電力量に占める原発の割合を20~22%にする目標を掲げるが、再稼働は9基にとどまり原発の割合は1割にも届かない。経産省の関係者は「再稼働がまた滞り、さらに難しくなった」と漏らした。(西尾邦明、女屋泰之、関根慎一)