「(記者解説)震災9年、電力どうする」

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以下、朝日新聞デジタル版(2020/3/23 5:00)から。

 2011年3月の東京電力福島第一原発事故から9年が経ってもなお、賠償や除染など事故対応のための国民負担が重くのしかかっている。一方、再生可能エネルギーはコスト低下が著しく、安い電源として世界的な拡大期に入った。気候危機対策の決め手でもある。この分野を長く取材してきた記者が、エネルギー政策のあり方を考えた。

 ■原発事故の賠償増、負担するのは国民 東京経済部・小森敦司

 9年前に起きた福島の事故の賠償費用を賄うため、今年4月以降、私たち国民に追加の請求書が回ってくる。

 政府は16年12月、賠償や廃炉など事故の対応費用が従来の11兆円から21・5兆円に増えるとして、新たな負担の割り振りを決めた。このうち賠償費用が膨らんだ分を、新年度から国民に広く負担させることにした。

 具体的には、北海道から九州まで全国の送電線の使用料「託送料金」に新たな負担金が上乗せされる。経済産業省が示した試算だと、標準家庭で月18円。毎月の電力料金に加算される。全国で総額年間600億円となり、40年間の徴収で2・4兆円になる。

 なぜ、私たちが払うのか。経産省の理屈はこうだ。私たちは原発の電気を使い、その恩恵を受けてきた。だが、万一の事故の賠償に備えて積み立てておくべきだったお金の不足分があった。だから今から、私たち国民から集めるというのだ。不可解な言い分だ。

 西日本の生協でつくる「グリーンコープ共同体」(福岡市)代表理事の熊野千恵美さん(53)は「レストランで会計をした後に、店が材料費を調べてみたら足りなかったので、追加で500円くださいと言われて、はい、分かりましたと払いますか」とわかりやすく例えた上で、「私たちのような主婦は、月十数円でも納得できないものには払いたくないです」と話す。

 組合員を対象にした学習会でも、疑問や不満が噴出した。

 「原発で利益を得てきた大手電力や金融機関などが、まず負担するべきでは。なぜ、私たちが先なのか」

 「しっかりとした説明がないまま、中身が見えにくい『託送料金』に負担金を紛れ込ませようとしている」

 そして、今年2月の臨時総会で、新たな負担金は違法だとして、国を相手に託送料金の認可の取り消しを求める訴訟を起こすことを決めた。徴収が実際に始まった後、福岡地裁に提訴する。福島の事故費用の国民負担の是非を問う初の訴訟になるとみられる。

 そもそも福島の事故対応費用が政府の言う21・5兆円で収まるのか。民間シンクタンク日本経済研究センター」(東京都千代田区)は昨年3月、その費用が最大81兆円になるとの試算をまとめた。除染で発生する土壌の最終処分や汚染水の浄化処理の費用などを加えた。汚染水を水で薄めて海洋放出する場合は41兆円。それに加えて溶け落ちた核燃料を「石棺」などで閉じ込める場合は35兆円と小さくなる。

 いずれにしろ、原発は重大事故を起こせば、数十兆円の費用がかかることが分かった。なのに、この国はその現実をまともに受け止めない。

 今年1月、原発で重大な事故が起きた際の賠償制度を定めた原子力損害賠償法の改正法が施行された。電力や保険業界などとの調整のすえ、原発ごとに備えさせる額は、従前の最大1200億円のまま据え置かれた。

 環境NGO「FoEジャパン」理事の満田夏花さんは18年11月、参院での法案審議で、参考人として「備え」が足りないとして、こう訴えた。「(福島では)1200億円の100倍以上もの被害をもたらし、今後ももたらす可能性がある。それをそのまま続けるか、という問いです」

 が、考慮されることはなかった。この国は福島の事故対応費用の巨大さを知りつつ、ほぼ無保険で原発の再稼働を進めている。満田さんは今も思う。「備えができないなら、原発を『止める』が論理的帰結のはずです」

 一方、原発の建設費用は、世界的に見ると、近年の安全規制の強化などで1兆円以上と従来の2倍以上かかるようになっている。国内で新増設に向けた動きが鈍いのは、そんな建設費の高騰もあるはずだ。

 高くなるばかりの原発のコストを直視し、脱原発への道筋を定めたい。

 ■世界主流は再エネ、火力並みコストに 編集委員・石井徹

 小泉進次郎環境相は2月、石炭火力発電の輸出支援の要件を、関係省庁間で見直すと発表した。昨年12月の国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP25)に向けて石炭火力の輸出規制を目指したが、調整が間に合わなかったとしていた。二酸化炭素(CO2)を大量に排出する石炭への国際的な批判が高まり、日本も動かざるを得なくなったということだ。

 日本は1990年代以降、温暖化防止を掲げて原発を推進する一方で、温暖化を助長する石炭火力発電所を増やし続けた。だが、それも限界に来ている。主要7カ国(G7)で唯一、原発と石炭をエネルギー政策の両輪として推し進める日本に向けられる目は、日ごとに厳しさを増している。

 だからと言っていまさら原発に回帰できないのは、小森敦司記者の解説を読めば分かる。同条約のエスピノサ事務局長は、原発について「高い資本コスト、建設期間の長期化、事故と核拡散のリスク、放射性廃棄物の長期貯蔵や社会の反対に対処しなければならない」と釘を刺す。朝日新聞が2月に実施した全国世論調査では、56%が原発再稼働に反対している。

 原発や石炭火力がなくても再生可能エネルギーでまかなえるという事実は世界で日々、証明されている。ドイツでは昨年、発電電力量に再エネが占める割合が46%に達した。2022年には原発、38年には石炭火力を全廃するが、準備は着々と進んでいるという。自然エネルギー財団によると、18年の再エネ比率はデンマーク69%、英国33%、中国26%、フランス19%、インドと米国が17%だった。

 世界が再エネへとシフトしているのは、温暖化対策に加え発電コストの低下などの経済的理由が大きい。国際再生可能エネルギー機関(IRENA)によると、太陽光の発電コストは10~18年に77%下がり、風力とともに火力と肩を並べるようになった。蓄電池のコストも急激に下がっている。雇用も創出効果があった。金融・投資面でも化石燃料から再エネへの移行が進む。

 日本の再エネは、12年7月に施行された固定価格買い取り(FIT)制度によって急拡大した。東日本大震災があった10年度に10%以下だった発電量に再エネが占める割合は、18年度には16・9%になった。海外に比べて高くはないが、日本でも火力に次ぐ「主力電源」になりつつある。

 30年の電力に占める再エネ割合の目標は22~24%。ドイツ65%、英国53%(予測)、フランス40%に比べてはるかに低い。原子力の20~22%の実現が困難な中で、来年にも予定されるエネルギー基本計画の見直しでは再エネ目標を引き上げていくしかない。

 経済産業省は電気料金を下げるために、約2年前から大規模太陽光発電に入札制度を導入、対象規模を広げてきた。だが、応札は低迷、募集枠をはるかに下回る落札しかない。大手電力が空き容量がないとして送電線への接続を制限していることなどが原因だ。23年には固定価格で買い取るFIT制度に代わり、市場価格に補助金を上乗せするFIP制度が導入される見込みだが、これまで日本の再エネを引っ張ってきた太陽光発電にブレーキがかかれば、目標の引き上げが難しくなる。

 一方で、国は住宅用太陽光や地域資源を活用した電源についてはFIT制度を維持し、災害時に独立して再生エネなどを「地産地消」できるよう、配電事業の許可制を導入するとしている。ドイツの自治体公社「シュタットベルケ」のように、地域内で発電から配電までをまかなう分散型エネルギーシステムの拡大が期待される。

 4月には大手電力の発電部門と送配電部門が分離されるが、グループ会社として残るので不十分だ。再エネの一層の拡大には、送配電部門の完全な中立化が欠かせない。

(東京経済部・小森敦司)
(編集委員・石井徹)