「首相に「身びいきのイメージ」 演説に透ける首脳の個性  新型コロナウイルス」

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 以下、朝日新聞デジタル版(2020年4月22日 18時00分)から。

 新型コロナウイルス危機に直面する世界のリーダーが、連日のように記者会見やテレビ演説を通して国民に語りかけている。自宅にとどまるよう訴えたり、国が置かれた状況を伝えたりと、内容にはさほど差異はない。だが、どんな場所で、どのような言葉を使い、どんな表情で訴えかけているのかをみてみると、それぞれの個性や本音、狙いが透けてみえる。臨床心理士・経営心理コンサルタントの岡村美奈さんに、リーダーたちの演説を分析してもらった。


トランプ氏 「敵」を作り、強いリーダー演出
 まずはトランプ米大統領。自身の再選がかかった大統領選のさなか、連日、長時間の会見を開いて強い言葉でリーダーシップを強調している。岡村さんは3月13日の非常事態宣言時の演説に注目。宣言時に淡々と落ち着いた調子で語りかけ、冷静さを印象づけたところを挙げ、「非常事態宣言では表情こそ硬かったが、いつものトランプ氏らしい振る舞いだった」と評価した。
 「ウイルスとの闘いについて話すときは語気を強め、話す速度をわずかに速めるのは『立ち向かう強いリーダー』が自らの理想像なのだろう」と岡村さん。政府の対策を話すときに語気を強めたり、右手を空手チョップのように振ったり、広げたりするのは「有言実行のリーダー」を印象づける狙いがあるという。かたくなにマスクをつけないのも「自分の信念を貫くリーダー」を印象づけたいからではないかという。
 トランプ氏はこれまでも、敵と味方をはっきりさせることで支持率を上げてきた。岡村さんによると、この日の会見でもこの手法が使われたという。
 医療スタッフへの感謝や状況について語る時は声を強め、協力してくれる企業などについて話すときには顔を上げて抑揚をつけて話した。これは「味方」を明確にして、大きなアクションで謝意をあらわにすることで、自分の政策にプラスのイメージを強めるためだという。連日の会見で「戦争」や「敵」といった言葉で中国や世界保健機関(WHO)への非難や批判が増えているのも自分を優位に立たせて有利にみせる狙いがあると岡村さんは指摘する。
 そこにはトランプ氏の「自分が正しい、自分の常識こそが世界の常識」という自信過剰な「過信効果」も強く働いていると岡村さん。反論や批判など攻撃を受けると、この傾向はますます強くなるという。会見中に気に入らないメディアの質問を遮ったり非難したりするのも「自分が知覚している認知が現実であり、違う視点や見方はすべてゆがんでいる」という「敵意的メディア効果」の傾向が強いためだと分析する。


泰然自若、寄り添うリーダー メルケル独首相
 対照的な演説が目をひくのはドイツのメルケル首相だ。3月18日のテレビ演説では、常に座ったまま、カメラを直視してゆっくりと語った。メルケル氏に寄ったり引いたりするカメラワークも特徴的だった。
 メルケル氏は表情を変えずに語り続けた。「体を揺らすこともなく落ち着いた口調でいて、わずかなしぐさだけで、言いたいことを強調した。落ち着きと威厳を持ち、国民に寄り添うリーダー像を意識しているのではないか」と岡村さんは話す。
 岡村さんによると、同じ内容であっても、言い方や言葉の選び方、話している状況や表現方法が異なると、聴衆は全く違うとらえ方をしてしまう。この現象を「フレーミング効果(枠組み効果)」というのだという。
 メルケル氏は「慈しみ」「思いやり」「励まし」「親愛」など温かい言葉で「ウイルスを拡散させる心配がなければ安心できるし、落ち着いていられるのだから、家にいて下さい」という枠組みを使い、「あなたの行動でどれだけの人が助かるか」と語りかけた。心理学の研究では「むやみに不安や恐怖をあおると、人は防衛反応で『自分には起こらない』と否認する」ことが分かっているとされているという。岡村さんは、自宅待機を促すため、メルケル氏がフレーミング効果の「肯定的枠組み」をうまく用いたと評価した。
 さらにメルケル氏は、大切な自由の権利を奪うことについて「私のような人間にとり」と語った。自分の経験と重ね合わせて示すことで、国民に自らの決断を理解させて覚悟を示し、自覚を促したと岡村さんは分析した。
 テレビ演説のカメラワークにも岡村さんは注目した。心理学の研究では、ズームアップすると好感度や活動性、ズームバックすると緊張感を緩和させる効果があるとされているという。メルケル氏が「現在の喫緊の課題は」と、国がとるべき重要なことについて話し始めると、ズームアップ。「ここで本日、私にとって最も重要な点についてお話しします」と国民へ呼びかけると、カメラは遠ざかった。動きの少ないメルケル氏にカメラが寄ったり離れたりすることで、視聴者に与える印象を変えているのだという。
ジョンソン英首相 意外? 共感呼ぶ「英国のトランプ」
 国民との一体感、という点で岡村さんが取り上げたのは英国のジョンソン首相だ。金髪にがっしりした体、乱暴な言葉遣いで「英国のトランプ」とも言われているだけに少し意外だ。
 3月24日の演説をみた岡村さんは「聞き手に与える言語情報や抑揚、リズムや声質、話の長さや間の取り方が工夫されていて、聞き手の関心と集中力を切らさない」と評価した。トランプ氏とも似通った特徴にも思えるが、しぐさの違いが、国民への訴求効果の違いに表れているという。
 岡村さんが指摘したのは「ポスチャー(態勢)」だ。ジョンソン氏は画面に近く、真正面を向きやや前かがみになっている。体は横に揺れることなく、ほぼ前後に動く。「エネルギッシュで行動的に見えるだけでなく、問題への取り組みの意気込み、決意や情熱などが態度となって表れているように映る」という。このポスチャーにくわえ、カメラ目線を外さず、訴える言葉によって表情を変化させることで視聴者に訴える効果が増すのだという。
 聴衆はしぐさの違いによって、無意識のうちに様々なものを感じ取るのだとも岡村さんは指摘する。
 ジョンソン氏は「人の命を救う」「拡散を遅らせる」といった言葉に合わせて、両手の拳を同時に机の上に下ろしたり、大きくうなずいたりして言葉を強調した。一方で、「混乱による打撃は私も承知している」と話した時には大きく首を振り、組んだ手を机に軽くたたきつけて視線を一瞬下に落とした。岡村さんは「こうしたしぐさによって、ジョンソン氏が感じている切迫感、緊急性、現状の厳しさやコロナ感染拡大に怒りを感じていることが視聴者に伝わりやすい」と話す。
 さらに、岡村さんがジョンソン氏の覚悟と本気度を示したと評価したのは、「残念ながら、多くの命が失われることも事実です」という呼びかけだという。「率直でごまかしのない呼びかけだからこそ、国民が真摯(しんし)にそれを受け止め信頼感をつかんだ」と話す。
 「ジョンソン氏は聞き手の感情に訴えかけて共感を呼ぶことで、まわりと連帯しながら物事を進めている」と岡村さん。「コロナウイルスに感染して退院した後のメッセージでも、その姿を隠すことなくさらけ出したことで、国民の共感が増し、医療従事者への感謝の念が国全体でさらに高まったのでは」と分析した。


マクロン仏大統領 失地回復のため「強さ」誇示
 危機の時のリーダーによる国民への訴えかけは難しいと岡村さんは言う。ましてや、すでに自分が批判を浴びている場合はなおさらだ。その典型がフランスのマクロン大統領の演説だ。マクロン氏は当初、外出禁止などの対策に否定的で、米国が3月14日に欧州26カ国からの入国を禁止した際にはトランプ氏を批判していた。しかし、抑え込みに失敗して感染者数が急増。一転して、3月16日のテレビ演説で外出禁止令を宣言した。
 岡村さんは、「マクロン氏は、この演説で強権で指示的、統率力のあるリーダーをアピールしたかったのだろう」と分析した。マクロン氏は「我々は戦争状態にある」と繰り返し、「限定される」「許されなくなる」「ルールを明確化する」「違反はすべて罰せられる」といった強く明確な言葉と語尾を用いた。目線を常にカメラに向けて訴える力を強め、主語を「私」とすることで「自分がやる」「私が決める」という強い意志と指導力を誇示したのだという。
 一方、「ウイルス感染の恐れがあるから安心できない」と、フレーミング効果ではメルケル氏とは逆の、「否定的枠組み」を使って「どれだけの人が危険か、死亡するか」などと、マイナス面を強調する手法をとったという。マクロン氏が演説で指摘した「指示を無視したすべての人たち」に、強く指示するためではないかと岡村さんはみる。
 その上でマクロン氏は両手の拳を握って高く上げ、机に打ち下ろすようなしぐさをみせて「がんばろう」と国民の気持ちを鼓舞。語尾に「しようではありませんか」を多用した。岡村さんはプライドの高いフランス国民の気質に合わせて、個人の自主的な判断による協力を求める形をとったと指摘する。その際、マクロン氏はあごをあげて鼻を上に向けて「国民的団結」を強調した。岡村さんは「国のプライドを誇示することで国民にフランス人としての自覚を持たせようとした」と分析。「リーダーは呼びかけ方次第で、国民に自らを自分たちの味方だと感じさせることができる」と話した。


安倍首相 長い言葉、細かすぎる説明
 国民の理解と共感を得ようと必死なのは安倍晋三首相も同様だ。学校の一斉休校や緊急事態宣言、経済対策の給付金の金額などをめぐり方針が二転三転。政府の新型コロナ対策への批判はやまない。そんな中、一律10万円給付と緊急事態宣言の全国拡大を決断したこと受け、4月17日夕、会見に臨んだ。
 「目に見えない恐ろしい敵との戦いを支えてくださっているすべてのみなさまに心より御礼を申し上げます」「全ては私たち一人一人の行動にかかっています」「混乱を招いてしまったことについては私自身の責任であり、国民のみなさまに心からおわびを申し上げたい」。これらの言葉を文字だけで見れば、これまで取り上げてきたリーダーたちと遜色ないように思える。
 だが、岡村さんは「印象としてはインパクトが感じられなかった」と指摘した。首相は冒頭、なぜ再び会見を開く必要があったのかを明確に伝えなかった。この点が他のリーダーと異なるという。
 また、首相は国民生活への影響についての説明で、「感染の恐れがあるから安心できない」と、マクロン氏と同じフレーミング効果の「否定的枠組み」を用いた。同時に「あなたの行動次第で人が助かる」という「肯定的枠組み」も使って、国民に外出自粛を促そうとしたと岡村さんは分析した。だが「内容を詰め込みすぎ、エピソード一つひとつの説明が長く、細かすぎたために訴求効果が下がり、話の中身が伝わらないことも多かった」と岡村さんは指摘する。
 これまでの首相の会見とくらべると、カメラ目線は増えた。だが、岡村さんは「言葉が詰まったり、せきが出たりするなど、見ている人に『体調は大丈夫?』と思わせてしまったところがある」とも話した。
 首相は2月、全国一斉の休校要請をした際にはすぐに記者会見をせず、批判を浴びた。その後に会見を開いたものの途中で打ち切るなど、首相の会見に後ろ向きな姿勢は批判を浴びた。だが、この日の会見で首相は時間いっぱいまで可能な限り質問に応じる姿勢をみせた。岡村さんは「首相がこの日のような会見を3月の時点で開いていたら国民の受け止めも違い、評価は高かったと思う。早口で話す姿も、もっと早い時期だったら国民に切迫感や緊張感として伝わったかもしれない」と話す。
 しかし、「すでに17日の時点では給付金をめぐる与党とのやりとりが明らかになっており、これまでの混乱ぶりが国民の目に明らかだった。『他人の意見に流されてしまう傾向がある』と国民に思われていた可能性が高い」と指摘。さらに、昭恵夫人の花見や大分旅行問題に対する答弁を通じて「自分たちはOKだが国民はNO、とのメッセージとなってしまい、『内集団バイアス』という、身内びいきのイメージが浸透してしまっていた」と話す。いくら首相が国民に呼びかけても、ひとごとのように捉えられやすい前提がすでにあったのではないかと分析。「現状では、国民が首相に関する情報から『ネガティビティ・バイアス』という、良い面より悪い面に目が行きやすい心理的傾向を少なからず持っていたため、素直に会見を聞こうという意識がそもそも低かった可能性が高い」と分析した。
 「リーダーは、すでに国民から固定された人物イメージをもたれています。危機のリーダーのメッセージは、聞き手の持っている期待や人物イメージを上回る内容がなければ、かえってイメージダウンにつながってしまうのです」(今さら聞けない世界)(小野甲太郎)