「アイヌ先住権訴訟「大きな転換点に」「議論深まれば」」

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 以下、朝日新聞デジタル版(2020年8月18日 11時00分)から。

アイヌ民族が伝統的に占有してきた土地や資源を利用する「先住権」をめぐる訴訟が初めて起こされた。北海道浦幌町アイヌ民族の子孫でつくる団体「ラポロアイヌネイション」が17日、国と道を相手に、地元の川でのサケ漁を認めるよう求めて札幌地裁に提訴した。アイヌの人たちや専門家は、裁判を通じて議論が深まることを期待する。(榧場勇太、芳垣文子)
 訴状によると、原告側は、明治政府がアイヌ民族の伝統的なサケ漁の権利を無視し、漁を禁じたと主張している。
 裁判で求めているのは、サケを販売できない伝統儀式としての漁の権利ではない。エンジン付きのボートでサケを捕獲し売る、なりわいとしての漁業権だ。
 原告代理人の市川守弘弁護士は提訴後の会見で「経済的に自立できないと、いつまでも政府の補助金に頼ることになり、差別につながる」と述べた。サケ漁で生計を立てるという、アイヌ民族の本来の姿を取り戻させたいとの考えだ。
 ラポロアイヌネイションの長根弘喜会長(35)は、昨年制定されたアイヌ施策推進法では、先住権には具体的に触れられていない点を指摘する。「この裁判は、アイヌが持っていた権利を取り戻す意味がある。最終的には、自分たちでとったサケで生計を立てるという目標のためにがんばっていきたい」と話した。
 原告の一人は「世界的に先住民族の権利が戻ってきている中で、日本では先住権に踏み込んだ裁判はない。ほかのアイヌの人々も一緒に戦ってほしい」と呼びかけた。
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 同じアイヌ民族の人たちや専門家も訴訟に注目する。
 アイヌ民族のサケ漁をめぐっては、紋別アイヌ協会の畠山敏会長が儀式に用いるサケを許可なく捕獲したとして、今年2月に書類送検された。その後、不起訴処分になった。
 畠山会長を支援するアイヌを中心とした市民グループアイヌ(=ひと)の権利をめざす会」の共同代表、萱野志朗さん(62)は、今回の訴訟に期待を寄せる。「昨年できたアイヌ施策推進法ではアイヌ民族先住民族と認めながら、具体的な権利は何も触れていない。政府は外圧や訴訟のような形がないと動かない。もし権利が認められれば、アイヌにとっても大きな転換点となる」
 先住民族の権利などに詳しい上村英明恵泉女学園大教授(国際人権法)も、訴訟になった意義は大きいとみる。アイヌ民族先住民族と認めた1997年の札幌地裁の二風谷ダム訴訟判決に注目。国会は2008年、「アイヌ民族先住民族とすることを求める決議」を採択した。「カナダやオーストラリアでは先住権確立のプロセスとして裁判が使われてきた歴史がある。裁判に持ち込むことで、公の場で議論される非常に重要な機会になる」
 上村教授は「人権の概念は時代とともに進化するものだ。アイヌ施策推進法の成立や国際的な状況など、先住権を取り巻く環境も進んでいる。新しい視点で憲法が積極的に議論され、それが裁判にどう反映されるかに期待したい」と話す。