母語を話す権利

 基本的人権の中では生存権が何よりも重要であり、その生存権を保障するためにこそ教育権や労働権の保障が重要なのであるが、こうした基本的人権を保障するためには母語を話す権利という言語権を保障しなければならないということは案外見過ごされがちだ。
 アイルランドアイルランド語、日本のアイヌ語の問題と同様に、マオリ語の復権も、こうした言語権の保障に他ならない。
 さてマオリ公用語化の要求も、ワイタンギ条約の「財産」というタオンガ(Taonga)の理解から来ている。つまり、言語権は、無形であるけれども、民族にとってのかけがえの無い「財産」であるという認識である。こうして、さまざまなマオリの権利復活を主張できる舞台となっているワイタンギ審判所でこの問題が争われ、長い過程を経て、1987年にマオリマオリ語の公用語化をかちとった。
 現在の学校は、マオリ語だけで教育するトータルエマージョンの学校、英語とマオリ語のバイリンガル二重言語)の学校、英語で教える学校と、三種類くらいに分かれているが、先に触れた1981年に始まったマオリ語しか用いないコハンガ・レオ(コトバの巣)の運動は、翌年全国に一挙に広がり、子どもたちにとってマオリ語使用環境の選択肢が増えてきている実情がある。
 テレビの10チャンネルは、マオリチャンネルとしてすでに市民権を得ている*1し、大学の建物の表記や、公共の施設では、アオテアロアニュージーランドの二つの公用語、すなわち、英語とマオリ語で書かれていることが普通である。
 こうして、一時期、死に絶えると言われたマオリ語の強さは、マオリ復権運動、マオリルネッサンスの中で、不死鳥のように蘇りつつあると言えないこともない。
 トータルエマージョンの学校ではマオリ語だけで全教科を教える。英語は、高学年で一教科として学ぶだけだ。学校でマオリ語だけで学んでいる子どもたちの多くは、家庭では、英語が主流である。なぜならば、すでに触れたように、親の世代は、マオリ語を奪われた世代であるからだ。トータルエマージョンの目標は、マオリ語による教育であり、ちょうど日本の教育が日本語でおこなわれているようなものなのだが、互いのその意識には、大きな隔たりがある。もちろん、マオリの中にも、英語だけでいいというマオリも今日存在するが、これからの世界の基調は、母語を話す権利の尊重と、多言語主義と多文化主義であるに違いない。

*1:マオリチャンネルは、2004年3月28日に開始された。