「「頼むから」学術会議問題、異色の抗議声明に込めた危惧」

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 以下、朝日新聞デジタル版(2020年11月14日 17時30分)から。

 日本学術会議の会員候補6人が任命拒否された問題は、菅義偉首相らが十分な説明をせず、国会での議論は深まらない。一方、政府への抗議や要望を表明する学会の数は増え続け、横断的な組織も生まれている。先月発表した声明が反響を集めたイタリア学会の会長、藤谷道夫慶応大教授(西洋古典学・中世イタリア文学)と、上代文学会の代表理事、品田悦一(よしかず)・東京大教授(上代日本文学)の二人に、今回の問題の深層と、日本の学問が置かれた状況について対談してもらった。

イタリア学会の声明要旨

 任命されなかったことに明確な理由説明はなく、説明の要求を斥(しりぞ)けることは学問の自由の理念に反すると同時に、「説明しないこと」こそが民主主義に反する権力の行使・国民に対する暴力だ。情報公開の制度は古代ローマの時代イタリアで芽生えた。イタリア学会として問題を看過できない。古代ローマには、時の政権の勝手な振る舞いから国民を守るために護民官が設置されていた。現代の公務員に匹敵する護民官は、権力を批判・牽制(けんせい)するために作られた官職である。今回の問題の本質は、時の権力が「何が正しく、何が間違っているかを決めている」点において、ガリレオ裁判と変わりない。※全文は同学会のHP(http://studiit.jp/)で読める。

上代文学会の声明要旨

 かつて津田左右吉の『古事記』『日本書紀』研究が国家権力によって弾圧された。「神武紀元二千六百年」の虚構性を暴露したことが当時の国策に抵触したのだ。戦後の上代文学研究者は、津田の受難を二度と繰り返さないことが研究発展のために必須であると考えてきた。今回の措置は、自由闊達(かったつ)であるべき学問討究を萎縮へ導く暴挙で容認できない。言語表現を取り扱う学会としては、任命拒否の理由を菅首相がまともに説明しようとせず、あたかも何事かを答えたかのように見せかけている分だけ、ただの黙殺より悪質だとも言わなくてはならない。前政権以来、この国の指導者たちの日本語破壊が目に余る。見せかけの形式に空疎な内容を盛り込んだ言説が今後も横行するなら、日本語そのものの力が低下してしまう。※全文は同会のHP(http://jodaibungakukai.org)で読める。

 ――イタリア学会は設立70年、初めて出した声明だそうですね。

 藤谷道夫 ええ、これまで政治的発言はしてきませんでしたから。

 個人的には7年8カ月にわたる安倍晋三首相の在職中、森友・加計学園問題、特定秘密保護法、安保法と、目に余る民主主義無視の行状に不満が募っていました。今回は臨界点を越えた気がしたんですね。

 専門であるダンテの『神曲』に登場する3種類の天使が頭にありました。神に反旗を翻す黒天使(悪魔)と神の側に立つ白天使(天使)、どちらにもくみしない灰色天使。ダンテはこの灰色天使が一番ダメだとみていて、人間も自分の意見をもたず日和見な態度であるべきでない、また傍観者的態度であってはならないと言いたかったのですね。私自身も態度を旗幟(きし)鮮明にすべき時と決意しました。多くの会員も同じ思いだったのでしょう。一つの異論もなく声明を出すに至りました。

 ――ギリシャ悲劇からローマ皇帝伝ガリレオ裁判にカフカの小説、反ナチスの活動家の詩まで。文学性豊かな内容と表現が注目されました。

 藤谷 一般の人に訴えかけるものにしたいと工夫しました。学問は死んだものではいけない。古代や中世に思いをはせても現代へのフィードバックを意識する、自分の研究スタイルが少し投影されたかもしれません。

 ――設立68年の上代文学会の声明は、皇紀2600年の奉賀があった1940年、「古事記」「日本書紀」に記された歴代天皇の実在性について疑問を呈した歴史学者津田左右吉の弾圧事件にふれています。

 品田悦一 学術会議問題をめぐる目下の情勢が、昭和の大戦に向かう状況と重なります。言論統制へと至りかねない重大な曲がり角であると危惧しています。

 既に1930年代初め、弾圧と懐柔、世論操作は始まっていました。国民精神文化研究所という文部省の外郭団体が設立され、御用学者が集められた。33年、京都帝大法学部の滝川幸辰教授が危険思想を理由に休職処分になり、教授陣は辞表提出など大学自治を訴えたものの、権力の手で切り崩されていきました。抵抗しても無駄だというアパシー(無関心)が広がり、2年後に起きた、貴族院議員の美濃部達吉・東京帝大名誉教授の天皇機関説事件の際には、学者たちの声は大きな反対のうねりにならなかった。

 その後、「国体の本義」のような読本が中学生以上の生徒や教師に配られ、露骨な情報操作イデオロギー操作が常態化する。津田の弾圧はその延長線上に行われたものです。

 (後略)

 

(構成・藤生京子、大内悟史)