「「総合的・俯瞰的」は稚拙な日本語 にじむ政権のおごり」

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以下、朝日新聞デジタル版(2020/12/11 19:00)から。

 日本学術会議問題で浮上し、今年の流行語大賞にもノミネートされた「総合的・俯瞰(ふかん)的」。わかったようでわからないこの言葉に、果たして実体はあるのでしょうか。

政策コンサルタント・室伏謙一さん
 内閣府にある日本学術会議の事務局はかつて、私が採用された旧総理府総務庁系の人事ローテーションに組み込まれていました。もし今も役人を続けていたら、事務方の担当者としてこの問題の渦中にいたかもしれず、他人事(ひとごと)として見てはいられません。

 菅政権が6人の学者の任命拒否の理由について「総合的、俯瞰(ふかん)的」と説明するのは、過去に例がないといえるほど「稚拙な言い訳」です。

 もちろん政治家が「総合的に」という表現を使うケースはしばしばあります。大抵はメディアに言質を与えないための方便でしょう。コロナの感染症対策でも、新たな方針を打ち出すかどうかという時、「総合的に判断する」という使い方をよくしますね。

 私は官僚時代、これと似た表現で「概(おおむ)ね」をよく使いました。ある政策を評価する時などに「概ね妥当と考える」と使う。言葉に含みをもたせる便利な用語の一つです。

 (後略)

(聞き手・稲垣直人 聞き手・藤田さつき 聞き手・高久潤)