「白土三平さん死去 「カムイ伝」「忍者武芸帳」 漫画家」

 以下、朝日新聞デジタル版(2021年10月27日 5時00分)から。

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 「忍者武芸帳」「カムイ伝」など重厚な歴史長編で知られる漫画家の白土三平(しらと・さんぺい、本名岡本登〈おかもと・のぼる〉)さんが8日、誤嚥(ごえん)性肺炎で死去した。89歳だった。
 作画を担当した弟・岡本鉄二さんも、12日に間質性肺炎で死去した。88歳だった。ともに葬儀は親族で行った。白土さんの妻・岡本春子さんが26日、小学館を通じ発表した。
 白土さんは東京都生まれ。プロレタリア画家の父・岡本唐貴の影響で油絵を学び、戦後、紙芝居などを経て1957年に貸本用作品「こがらし剣士」で漫画の道へ進んだ。戦国末期に一揆を主導する忍者影丸が主人公の「忍者武芸帳影丸伝」を59~62年に貸本で発表、雑誌「ガロ」で64~71年に「カムイ伝」を連載。農民と忍者の少年を軸に、身分社会の構造や差別への抵抗を丹念に描いた。
 作品はほかに「サスケ」「シートン動物記」など。アニメ化作品も多い。60年代半ばに千葉県の漁村に居を移し、70代に入っても、アウトドアライフのエッセーを発表していた。
 ■<評伝>弱者視点、疎開体験が原点
 白土さんは「残酷」とも言われた迫力ある描写で忍者ブームを巻き起こすと共に、過酷な階級社会の細密な描写が、60年安保闘争などの時代背景の中で大学生らに熱烈に支持され、「唯物史観漫画」とも評された。
 弱者の立場から世界を見る視点は少年時代の習作から変わらず、「強い者から見る体験をしてないもの」と語っていた。父への国家の弾圧、少年時代に疎開先で体験したひもじさ、山菜や川魚をとって歩いた豊かな自然が原点となった。
 代表作「カムイ伝」は、1988~2000年に掲載誌を移し第2部を連載。全3部作としていたが第3部は発表されず、17年12月の朝日新聞の取材では「もう連載することはできないですね」と語っていた。
 その時に「カムイ伝」へのメッセージを問われた白土さんは、「カムイ外伝」の男装の剣士「飛天(ひてん)の酉蔵(とりぞう)」が最期に「飛んでる! 飛んでるぜえ!」と叫ぶ場面を挙げ、「自己解放です」と答えた。「時間を超え、性別を超え、人の願いは伝わっていくと思います」(小原篤