市民講座「イギリス語を上達させよう」が、面白い。
昨日はインド人親子、バラジとバラジの父親も来ていた。
いつものように、まず生徒が前回書いた作文が読み上げられ、授業はリスニングの練習から始まった。まず読み上げられたのは、ハンガリーの交換留学生で優等生のジノの作文。
イタリアに旅行した際の話で、とてもよく書けている。講師のステファニーによって、添削され、ワープロで打たれたジノの作文が、一枚の台紙に、イタリアの雑誌の切り抜き写真とともに添付されている。こうすると、とたんに見栄えがよくなる。
ジノには、添削された作文が返却される。教材化のために、「あなたの作文をこうして保存していいですか」と、一つ一つの作文に対してステファニーが許可を求めている。
次に読まれたのが、マレーシア出身のメアリー(仮名)の作文。
彼女が選んだ雑誌の切り抜き写真は、雪をかぶった山岳写真で、彼女には、スキーの上手な友人がいるらしいが、その友人と一緒にスキーをやってみたいという内容だ。マレーシア出身の彼女は、気候が亜熱帯だから、スキーなんかやったことないし、雪山も見たことがないという。ニュージーランドに来て初めて雪山を見て、すがすがしい気持ちになったと書いている。メアリーの作文も人の胸を打つものがある。
講師のステファニーは、「ブラジル人のマノエルの作文も、ドイツ人のカートの作文も大変いいんですが」と言いながら、時間の関係で読み上げなかった。
生徒が書いた作文は、先ほど書いたような状態できれいにファイリングされているから、是非あとで読んで欲しいと言っていた。ブラジル人のマノエルの作文を私は高く評価しているから、彼の作文が読み上げられなかったのは残念だけど、講師が褒めた際に、隣にいたマノエルに、「やったね」と、合図を送った。マノエルも笑ってた。
「リスニングの練習としては、他にも教材がたくさんあるけれども、みなさんが書いたものが教材としていいと私は思う」と、講師のステファニーは続けた。
これは本当にその通りだ。生徒一人ひとりが関心を持っているテーマだし、第一、ここの生徒たちが書くものはなんといっても内容がある。
続けて、いわゆるショーアンドテル(Show and Tell)をやった。
英語圏では、小学校くらいから、例えば、おばあちゃんの宝物を学校に持ってきて、子どもたちが「これは私のおばあちゃんの大切にしている物で、、、」と発表する。ショーアンドテルは発表(プレゼンテーション)の基本形のようなものだ。私の勤務校でも、オーラルコミュニケーションの授業では、こうした発表を生徒にさせている。
私に与えられたものは、石のジェイド(Jade)で、実は私がいつもお守り代わりに身につけているティキも、このジェイド*1で作られている。緑色の石で大変きれいなものだ。
これについて私は次のようなメモを書いた。
これは、おそらくペーパーウェイトか居間の飾り物として使うのだろう。形は長方形で、結構重たい。色は緑色だが、魚の鱗のように、もしくは地層のように、緑色に濃淡があって、とてもきれいだ。一箇所だけ全く磨かれていない面があるけれど、あとは全部きれいに磨かれている。おそらく素敵なものを置いているみやげ物屋さんか何かで、こうしたものは買えるのではないかと思う。
以上をメモで書いて、口頭で発表するということになる。
一番手は私で、これを発表し、質問を受ける。質問のあとで、ステファニーが、このモノについての解説をするというしかけだ。
こうして全員が発表したのだが、生徒みながリラックスしながらも、生徒に学習意欲があるから、この授業は結構面白い。
教える側のステファニーも喜びを持って教えている雰囲気にあふれている。今日も、元校長のビルが来ていて、私たちにヘルプをしてくれた。
日本人のアイさんも頑張っていて、彼女の発表もほめられていた。全く関連がないのだけれど、彼女が褒められると、日本の英語教育も案外悪くないかもと思えてきて、俺まで嬉しくなります。
*1:ポウナム(pounum)、グリーンストーン(greenstone)ともいう。