パーティ・パーティ・パーティ

 ビバリーヒルズの西に住んでいる知人宅でパーティが開かれるというので、みんなで出かけた。
 今夜のパーティのホスト役は、ニコラス(仮名)というフランス系アメリカ人である。
 メールでだが、彼とはジャック=ブレル(Jacques Brel)の話で、とくに話が盛り上がったことがある。そのときのやりとりでは、「ジャック=ブレルなんて、あんた日本人なのに、よく知っているね」という雰囲気だった。
 ジャック=ブレルとはフランスで尊敬されている歌手の一人で、たまたま彼の "Amsterdam"というアルバムのテープを私は所有しているのだが、これはサンフランシスコのバークレーで英語集中講座を受けているときに知り合いになったジャーナリスト志望のフランス人から、その名を教えてもらい、また彼からジャック=ブレルのテープをもらったのだった。
 ジャック=ブレルの書く歌詞は、私のフランス人の知り合いによれば、素晴らしく、第一級だという。ただ残念ながら、フランス語なので、世界のマーケットが狭くならざるをえないということだ。ジャック=ブレルって何者と他のアメリカ人たちが言うので、ニコラスはほらねという顔を私に見せた。ジャック=ブレルが英語で歌っていれば、もっと広く聞いてもらえるのにと、ニコラスは本当に残念そうな口ぶりだった。
 今日のパーティの中で、電子メールでやりとりをしてきた知人は、私を入れなければ全部で5人。そのうち3人はすでにロサンゼルス到着当日の木曜日に会ったけれど、2人は今夜が初対面だ。
 一人は、ロサンゼルス在住の女性でアリー(仮名)。私の見るところ、おそらく彼女はユダヤ系だ。もう一人は、アトランタからはるばる来た同じく女性のティナ(仮名)だ。
 彼女たちとも結構メールのやり取りをしたから、初対面と言っても、旧知の仲という雰囲気がある。
 その昔、初めて合州国を訪れ、サンフランシスコに半年暮らしていたときには、よくパーティに出かけたものだったが、英語ができなかったせいもあるけれど、こちらのパーティのやり方が要領を得なくて、居心地は随分と悪かった。
 こちらのパーティの私の印象は、まず第一に、どこへでも構わず歩き回るということである。
 台所でも、リビングでも、ダイニングでも、飲み物を持って、ちょっとした食べ物をつまみながら、話し合う。
 日本は、座敷に座るという固定方式宴会が多いから、まずこの移動方式パーティに慣れないと、かなり疲れるということになる。
 第二に、知り合いと一緒にパーティに出かけるとすると、日本じゃ、その知り合いと宴会内で離れることはあまりしないが、こちらでは知らない人との交流にとまどうことなく、新しい知り合いを増やそうとするから、この移動方式がますますエスカレートするということになる。
 第三に、そうして移動しながら何を話しているかというと、気の向くままの他愛もない話で、失礼な言い方をすれば、あまり大したことを喋っていなかったりする。
 第四に、そんな具合だから、食べ物も、チーズをバンバンバンとナイフと一緒に並べて、大体チップスやクラッカーが山のように置いてある。飲み物も適当に並んでいるから、好きなものをつまみながら、勝手に好きなものを飲めばいい。日本の宴会のように、豪勢な料理がたくさん並ぶというようなことはほとんどない。私の覚えているパーティでは、野菜スティックというのがあった。にんじんなどをただ切っただけのものだ。なんだか、うさぎになったような気分になったことを覚えている。
 第五に、集まって話し合うのが主旨なので、引越しなどにかこつけて、家具のサヨナラパーティ(Farewell Party)とか、いろいろな理由を探しては、パーティをやる。
 第六に、だから、日本のように客が来るからといって、念入りに部屋やトイレの掃除をやるなんていう感覚はあまりない。いつもの自然体で、客を迎えるということになる。
 ということで、私も気楽に、この家に飾ってあるピカソの話をしたり、すでに紹介したように、ここの主人ニコラスがフランス系で、彼は毎年南フランスで1ヶ月はバカンスで何もしないで過ごすというので、もし私がパートナーと一緒に2週間くらい過ごすとしたら、南フランスならどこがお薦めと聞いたりする。そうしたら、南フランスの古城を紹介したプリントを2枚くれて、ここで何もするなとニコラスは言った。
 バカンスというのは、「何もない」「空白」(vacant)というような語源的ニュアンスがあるコトバなのだが、人間はたまには、このバカンスをしないといけないというのが彼らの哲学である。私もそうし考え方を学び、かつその通りだと確信しているのだが、大変残念なことに、日本的環境はなかなかこのバカンスの状態になることを許してくれない。
 あまりにもバカンスにわれわれが慣れていないものだから、バカンス状態になると落ち着かないというような悲しい状況だ。
 私はヨーロッパには一度も行ったことがないけれど、行くとしたら、フランス系アメリカ人やドイツ系アメリカ人、イタリア系アメリカ人から、情報を入手して行こうと前から考えている。