教育現場は悲鳴をあげている

 せっかく教師になったのに、1年以内にやめてしまう若手教師が、5年前の2倍以上となっているようだ。
 その3分の1が心の病だという。
 業務が多すぎて、若手を支える余裕がないのが一因と思う。
 2006年の教師の病気休職者は過去最高となった。
 先進国といわれている中で、日本は、教育にかける予算は少ない。
 日本社会そのものが教育的社会でなくなりつつある状況の中で、無理難題な課題や注文が現場に怒涛のように寄せられる。現場からの悲鳴は、社会的に受けとめてもらえず、また行政も聞こうとする姿勢が弱い。
 団塊の世代の教員たちがやめていくと、ますます現場からの悲鳴があがっていくに違いない。

仕事増え悩み深刻、心を病む先生たち 休職者10年前の3倍超

東京都では毎日、臨床心理士が教員の心の悩みの相談に応じている=東京都千代田区の三楽病院で ◇うつ病自律神経失調症
 うつ病になる教員が増えている。精神性疾患で休職する者は10年前の3.3倍になった。対応の難しい子どもが増え、事務量も多く、労働時間は長引く一方。まじめな人ほどなりやすいという。【山本紀子】

 ◆授業中声出なくなり

 床について5時間たつと背中が痛くなり、目が覚める。それが変調の始まりだった。首都圏の小学校に勤務する50代の女性教員は、明るさがとりえのベテラン。ところが7年前の春、涙が止まらず、食欲もわかず、何をするにも面倒になった。

 原因は複数あった。長年子どもの指導に全力投球を続け、疲労がたまっていた。隣のクラス担任は病弱で突然休む日が多く、カバーの仕事が増えた。気を張ることばかりの日々で、内科を受診するとやはり、うつ病と診断された。

 教員は「以前は冗談を言って子どもを笑わせる余裕もあったのに、調子を崩してから授業中に何を話していいのかもわからない。クラスが浮足立つのもわかっていたけれど、どうにもできなかった」と話す。さらに、子宮筋腫の手術で入院し、退院後はうつが悪化した。体重は10キロも減り、授業中に声が出なくなって、ついに休職に至った。

 約1年後、夫の励ましや職場の支えで立ち直ったが、今も抗うつ剤の服用を続ける。

 「私は親しい仲間に悩みを打ち明けて楽になれた。でも今の若い人は研修や指導計画作りに追われ、夜9時10時までの残業は当たり前。お茶を飲んで同僚と冗談を言う暇もない。これではつぶされてしまいます」。教員は訴える。

 同様の問題は女性教員が知る範囲だけでも少なくない。ある若手教員は、授業中に立ち歩きクラスメートに暴力をふるう子どもに悩まされつつ、毎朝6時半に家を出て、夜10時半に帰宅する生活を続けている。別の若手は、未熟な学習指導を校長から再三責められ、辞めてしまった。若手だけでなくベテランも、平日に仕事を持ち帰ったり、土日出勤も珍しくない。

 ◆トラブル処理で過労

 関西地方の中学に勤める50代の男性教員は、ストレスと過労で自律神経失調症になり休職中だ。学年主任として公務や生徒間のトラブル処理に取り組むうち、疲労感が募り学校に通えなくなった。

 交友関係のもめごとで生徒が心療内科に通院せざるを得なくなった時は、主治医のもとに毎月通い報告を受けた。別の生徒間トラブルが起きた時は、夜10時ごろから保護者に会い、事情を説明した。

 「子どものコミュニケーション能力が落ち、対処する先生のチーム力も衰えつつある」。もめ事の処理に時間がかかる背景を、男性教員は説明する。男性教員の地元教育委員会が新規採用を長年控えていたため、50代教員の割合は増える一方だ。「生徒が心を開きやすく、生徒の目線により近づいて理解できるような若い先生が減った。働く保護者が増えて連絡が取りにくくなった」とも明かす。

 研修で頻繁に職場を離れる新人教員のカバーに入ったり、事前の段取りに手間がかかる総合学習の授業準備に追われたりと、平日は息をつく暇もない。週末に家庭訪問することもあり、男性教員は「土曜に授業があったころは、まだゆとりがあった」と振り返った。

 ◆環境の激変引き金に

 「新人は職場に慣れないし、ベテランは状況の変化についていけない。中堅は団塊の世代の大量退職で負担が重くなり、どの世代もあえいでいる」。東京都教職員総合健康センター副センター長で三楽病院精神神経科の真金薫子(まがねかおるこ)部長は言う。

 文部科学省によると、06年度に精神性疾患で休職した公立学校の教員は14年連続で増え、過去最高の4675人だった=グラフ参照。休職者数は全教員の0・51%で200人に1人の割合だ。真金医師は「休職せずとも病気休暇を取ったり、睡眠導入剤抗うつ剤の服薬だけでしのぐ教員もいる。心を病む先生のすそ野は広い」と指摘する。

 うつ病は吐き気や頭痛、背中のしびれといった身体症状から始まることもあり、悪化すると家から出られなくなったり、教室に入れなくなったりする。物理的に授業に支障が出れば、休職するしかないという。

 「今の子どもは昔と違い、教師の一斉指導が通じにくい。保護者も担任や教育委員会に直言や苦言をいとわず、深夜まで電話対応に追われる先生もいる。子どもとの関係が悪化すると保護者からの抗議も増え、周りから『できない先生』というレッテルを張られがち」と真金医師。理解者の少ない新しい学校に異動した時、環境の激変に襲われ発病しやすいという。

 うつ病を治すポイントの一つは、人間関係の悩みを軽くすることだ。復職する時には担任を持つことをやめたり、以前と違う学年の担任をもったりして新しい環境を作り出せば、比較的スムーズになじめる場合もあるという。

 真金医師は「ベテランほど学校現場に希望をなくしている。最近は50代の教員が定年退職を前に『もう疲れた』と辞めることが少なくない」と指摘する。

 再び教壇に立つ希望を支えに、うつを克服した50代の女性教員も、「私も定年の3年前には辞めようと思う」と漏らしている。

 ◇初任者と管理職に目配り 個別相談拡充、心身ほぐす実習−−各地教委がケア対策本格化
 「無責任な私をお許しください。全(すべ)て私の無能さが原因です」。そんな遺書を残して06年5月、東京都新宿区立小の新任女性教諭(当時23歳)が命を絶った。5カ月後には西東京市の新任女性教諭(25歳)が自殺した。いずれもクラス内のトラブルや保護者対応に悩み、うつ状態と診断されていた。

 東京都教委は「新規採用教職員や管理職のストレスが著しい」として今年度から、初任者と任用前の管理職を主なターゲットとして、臨床心理士による講演や個別相談事業を拡充する。都教委福利厚生課は「若い人は団塊の世代の大量退職でいきなり担任を任されるようになり、負担が増している。また副校長は校長と教員の間にはさまって苦悩することが多く、ケアが必要」と話す。

 今年は悩みを抱えた者同士で話し合うピアカウンセリングや、体を動かして心身を解放するリラクゼーションの実習も始める予定だ。従来行っていた電話による精神保健相談や、心理相談員と教育相談員のペアで行う学校訪問(年750件)も続け、悩みを受け止めやすい体制作りを目指す。

 文科省は今年度から、教員が心身ともに健康な状態で指導にあたれるよう、勤務負担軽減に向けた調査研究事業を始めた。全11研究のうち教員のメンタルヘルスに関する調査は、▽新採教員の悩みの早期発見と適切な人事管理(広島県教委)▽加重労働と心の病との相関関係の分析(北九州市教委)−−の二つだ。

 広島県教委は昨年度、286人の新規採用教員のうち12人が辞めたことにショックを受け、初任者の働きやすい環境づくりに乗り出した。県教委は「初任者に笑顔があるのか、一人で職員室で仕事をしていることはないのか、同僚が状況を把握することが大切」として、初任者育成のポイントをまとめたハンドブックを昨年度末に作製、新人教員のいる学校に配布して注意喚起している。

毎日新聞 2008年7月21日 東京朝刊