アメリカ人と自動車

Cars

 GMが破綻し、「国有化」した。資本主義国で、「国有化」って何なのだという話は置いておいて、今日は、自動車をめぐる思い出を書く。
 日本の都会は電車網が発達している。電車に乗ればこと足りるから、車にあまり用のなかった私が最初にアメリカ合州国を訪れた20代のとき、車の免許を持っていなかった。
 サンフランシスコに半年滞在中、所持したIDには、「これは自動車免許証ではありません」というメッセージが印字されていた。アメリカ人が持っているIDは通常免許証で、たしか陸運局で発行していたと思うが、免許証でないIDカードの方がめずらしかったのだろう。私はそのめずらしい一見免許に見えるのだが免許でないIDを所持していた。
 鉄道の発達していない、あるいは政策として鉄道を発達させなかった海外の地域では、自動車免許がなければ、隣町にすら移動できないということになる。自動車免許を持っていない人間の方がめずらしい、ということになる。「免許を持っていない人間は人間でない」というようなことを言えば、それは差別的言辞になるから、そうした表現はご法度だが、そんな感じがあるのではないかと思っている。鉄道の発達していないアロテアロア・ニュージーランドでも、免許を持っていない人間はめずらしく、そんな反応を聞いたことがある。
 先に述べたように、若いとき、アメリカ合州国を初めて訪れて、6ヶ月サンフランシスコに滞在し、2ヶ月かけて、グレイハウンドバスで北米大陸を周遊したとき、「トヨタダットサンニッサン)と、どっちがいいと思うか」なんて車の話を、知らない人間から話題にされたこともある。車の免許を持たず、運転なんぞしたことのない自分には到底答えられる質問ではなかった。Motor Cityと呼ばれるDetroitで、運悪く日本人と間違われた中国人が、バーで殴り殺されたなんていうニュースを耳にしたこともある。日米自動車戦争がタイムのカバーストーリーになった頃の話だ。
 その後、日本で自動車免許も取得して、17年前の1992年に、アメリカ合州国の大西部をレンタカーで回ったことがある。パソコン通信で知り合ったアメリカ人の教師たちと会うオフラインミーティングの旅だった。
 自分で運転して西部を旅してみると、西部劇の頃と変わりのない意識や心理が感じられた。
 たとえば、地図にのっている西部の町には、三つの要素が必要だ。
 一つは、人間が泊まる場所としてのモーテルやホテル。一つは、食料が入手できる食料品店、人間が食事できる場所でもいい。そして、最後は、自動車の「食料」ともいえるガスステーションである。
 地図で一重丸の町なら、この三つの要素が一軒の店でまかなっていたりする。それで地図上でも一重丸の立派な町だ。もう少し大きな町になると、三軒で仲良く、この要素を分け合っていたりする。さらに大きな町になれば、いくつかの店の中から選べるという感じだ。
 また、まわりに誰もいない大西部を車で孤独に運転していて、緊急にヘルプを求めたい場合、どうしたらよいのだろう。
 緊急のサインとして、青色を背景に白地でHのサインがある。これは「病院(Hospital)」のサインで、大西部の何もないフリーウェイを走っているときは、このサインは飛び切り重要だ。Hのサインに沿って行けば、病院に辿りつけるから、このHのサインは、まさに生き死にの情報となる。
 こういう西部を走るなら、町から町への距離がかなりあるから、ガスタンクもでかい奴でないと不安になる。アメ車が大型という神経もわかろうというものだ。
 さて、GMのCadillacといえば、想い出す唄が、1979年のThe ClashのBrand New Cadillacや、1980年のBruce SpringsteenのThe Riverの中のCadillac Ranch。キャディラックは、唄にも歌われる象徴になっている。
 日米のクイズ番組は、おそらくテレビ関係者が学び合っている関係で、大変似通っているのだが、「クイズ100人に聞きました」のアメリカ版を若い頃に観ていたときに、若い男女がプロポーズする場所の第一位が、アメリカ人の場合、「車の中」であった。かように、アメリカ人の暮らしにとって、車は切り離せない。
 自動車の映画でいえば、2006年のDisney Pixarのアニメ映画Carsも、記憶に新しい。
 このサウンドトラックに入っているRoute 66も古典だろう。
 "Get your kicks on Route 66"
kickは、俗語で「刺激」という意味。まさに気持ちにおける「蹴り」である。
 私も訪れたことのある西部のGallup, New Mexico、Flagstaff, Arizonaも歌詞に歌われている。
 シカゴから西部のロサンゼルスへ向かうRoute 66。ちなみに、自動車道の番号だが、私の記憶に間違いなければ、偶数は、東西。奇数は、南北を走っている道路だったと思う。アメリカ合州国の道路システムは、きわめて合理的だ。
 アメリカ人にとってのGMの破綻は、いろいろな意味で、重たい。