以下、朝日新聞デジタル版(2017年11月6日16時51分)から。
広島市中区の市立基町(もとまち)高校の生徒たちは10年前から、広島原爆の被爆者の体験を絵に描いている。その活動をモデルにした舞台劇「あの夏の絵」が7日、上演を続けてきた東京の劇団「青年劇場」によって初めて同校で披露される。
「人間をいきなり黒で塗るなんてできんよ」
「俺も赤のチューブ取った時、違和感あった。人を赤で塗るんかと思って」
「怖いよね」青年劇場の俳優たちが今月2日、東京都多摩市の劇場で舞台稽古に励んでいた。劇は広島市にある高校の美術部の話。被爆70年にあたる2015年に同市の広島平和記念資料館から被爆者の絵を描くよう依頼があり、生い立ちの異なる3人の生徒たちが迷いながら「原爆の絵」に取り組むという筋立てだ。
モデルの基町高では、2007年度から「原爆の絵」の活動を続けている。被爆者の証言を聞き、資料を集め、時には登場する場所に出かけて、約1年かけて絵を完成させる。これまで延べ50人以上の証言を絵にしてきた。
卒業生で東京芸術大大学院に通う富田葵天(そら)さん(23)は、高2の時に描いた。被爆時に旧制中学1年だった男性が、倒れた塀に挟まれて身動きできなくなった女性に足首をつかまれたのに手を振り払った経験を証言してくれた。富田さんは「絵を描きながら、被爆当時の経験を追体験していくような感覚だった」と振り返る。
青年劇場の劇作家、福山啓子さん(61)は14年、活動を紹介した日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)の機関紙「被団協」を目にした。「被爆者が自ら描いたかと思うほどの圧力を絵から感じました」。15年2月に基町高に足を運び、富田さんら何人かの生徒や卒業生に思いなどを聞いた。一緒に被爆証言も聞き、その年に脚本を書き上げて上演した。
「絵にこれほどの力があるとは考えてもみなかった。近い将来、被爆者はいなくなる。体験をいろんな角度や方法で繰り返し語り直していくことが重要だと思う」と話す。
劇は出演者の中にも変化を生んだ。美術部員の一人を演じる長崎市出身の林田悠佑さん(24)は、15年の初演を機に祖父母が被爆者であることを知った。「学校で平和教育は受けてきたけど、正直に言って『原爆は興味なし』って思ってました。被爆体験を改めて聞くと、言葉にならない感情がワーッてわき上がってきて」。基町高での公演について「演じる自分たちは『偽物』だけども、いろんな背景を持った人間が原爆と向き合った時、何を感じるかが伝わればうれしい」と話している。(久保田侑暉)