「(変わる大学入試2020)東大、民間英語試験を必須とせず 遠藤利明氏、寺沢拓敬氏に聞く」

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 以下、朝日新聞デジタル版(2018年10月31日05時00分)から。

 2020年度から始まる大学入学共通テストをめぐり、東京大学は受験生の英語力を見るため、民間試験の成績、または高校の調査書などの提出を原則として求める基本方針をまとめた。大学入試改革に深く関与してきた自民党遠藤利明衆院議員と、英語教育制度に詳しい関西学院大の寺沢拓敬(たくのり)准教授にどう受け止 めたかを聞いた。(編集委員・氏岡真弓)

 ■活用へ道は開いた、他大に好影響 自民党遠藤利明衆院議員
 ――民間試験の活用を提言した立場としてどう見ますか
 「物足りないけど、頑張ったと思います。物足りないのは、民間試験、調査書、本人の理由書と選択肢が羅列されていること。『まず民間試験、ただし調査書や理由書も認める』が正しいのではないかと、東大にも申し上げました。ただ大学入試で民間試験を使うことに道を開いたことは大変評価しています。学内にいろいろ意見があり、総長が独断専行で決めるわけにはいかなかったと思います」
 ――選択肢として「調査書等」が入りました
 「民間試験よりかえって基準が難しいと思います。英語は欧米の人に理解してもらう必要があります。欧米で作成し通用しているTOEFLやIELTSなどの試験を使う方がはるかにシンプルではないでしょうか」
 ――民間試験は他の大学からも懸念が上がっています
 「目的の異なる試験を『欧州言語共通参照枠(CEFR)』という一つの尺度で比較することは確かに課題です。活用する試験を一つに絞ることが難しいうえ、各試験がCEFRとの対照を既に公表していることから私が提案しましたが、正確性を欠くとの意見は理解できる部分もあります。そのためにも、各大学が自分の責任でどの民間試験を使い、それぞれで何点を求めるのか決めるべきで、東大もそうして欲しかったです」
 「一方、地方の生徒や経済的に豊かではない生徒が不利になる恐れがある点は、きちんと対応する必要があると思います」
 ――東大が方針を決めた影響はどうみますか
 「他大学に好影響を与えます。国大協が方針を決めてそろえるより、各大学が自分の責任で決めればいいのです。要は改革する気があるかどうかです」
 ――入試に民間試験を使うのはリスクではありませんか
 「日本の英語はコミュニケーション力が課題だとずっと言われ続けていますが、その力は上がっていません。その方がはるかに問題です」
 「反対と言うのは高校や大学の先生が多いです。先生方からすると、これまでの指導がダメだと言われているようなもので、立場は理解できます。しかし、教育は先生のためのものではありません。問題があるなら改革したうえで課題への対策を考えればいいと思います。誰のための改革なのか、いま一度考えてみる必要があります。それは子どもたちのためですよね」
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 えんどう・としあき 1950年生まれ。山形県議を経て衆院議員8期目。自民党教育再生実行本部長として13年、大学入試でTOEFLなどの成績を活用する提言を出した。

 ■「入試変えて英語力向上」は楽観的 関西学院大・寺沢拓敬准教授
 ――英語教育政策の研究者として、どう評価しますか
 「『民間試験に扉を開いた』というよりは、『使わなくてもいい方法に扉を開いた』と見ます。文部科学省も国大協も『民間試験を使う』と言っているので、そこに配慮しつつ、他の選択肢を加えることで、導入に伴う副作用を弱めています。私は民間試験活用に反対しているので、良い方針だと思います」
 ――なぜ反対なのですか
 「読む・書く・話す・聞くの4技能を育てるという理念には賛成です。でも今回のやり方だと反対に回らざるを得ません。違う目的のテストの成績を比べるのは無理があります。地方や、経済的な格差の問題も未解決です。民間業者がどこまで守秘義務を守るかも心配です」
 「特に気になるのは、『4技能を測る民間試験を導入すれば、高校の英語教育が変わり、日本人の英語力が向上する』という論法です。この推論はテストの4技能化→進学校の英語指導が変わる→生徒の英語力が高まる→非進学校の教員や生徒にも影響する→日本人の英語力が高まる――という連鎖に基づいていますが、楽観的過ぎます。入試を変えて英語力を上げられるというデータはありません」
 「因果関係の連鎖が長いほど効果が薄まり、成果も望み薄となります。今回の改革の場合、民間試験を導入しても、生徒が受験テクニックに走ったり、英語を捨てて他の教科に力を注いだりすれば、連鎖は崩れます」
 ――では、どうすれば
 「入試をいじるような、因果関係が遠い改革ではなく、もっと近接した部分に集中することが大切です。例えば教員を増やして学級のサイズを小さくし、4技能の指導をしやすくする。教員に長期研修の機会を与え、指導についての知見を深める。教職員の増員で仕事量を減らし、自分を磨くための時間と精神の余裕をつくる……」
 「でも、こうした誰が見ても効果が見込める正攻法には莫大(ばくだい)な予算が要ります。だからこそ政府は、入試を変えるという安上がりな政策で、お茶を濁したといえます」
 ――まずはできる改革から進める、という意見もあります
 「効果がないものを『改革』とは呼びません。ハブ対策で導入されたマングースは効果が上がらなかったばかりか、生態系に深刻なダメージを与えました。無理に民間試験を入れることで混乱を招き、より悪い方向に行く恐れだってあります」
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 てらさわ・たくのり 1982年生まれ。関西学院大准教授(言語社会学・応用言語学)。著書に「『なんで英語やるの?』の戦後史」「『日本人と英語』の社会学」など。

 ■東京大入試監理委員会が決めた基本方針
 2020年度に実施される一般入試では、(1)〜(3)のいずれかの書類の提出を求める
 (1)大学入試センターによって要件を満たすと確認された民間の英語試験の成績(ただし、CEFRの対照表でA2レベル以上に相当するもの)
 (2)CEFRのA2レベル以上に相当する英語力があると認められることが明記されている調査書等、高等学校による証明書類
 (3)何らかの理由で上記(1)、(2)のいずれも提出できない者は、その事情を明記した理由書