以下、朝日新聞デジタル版(2018年11月7日)から。
言葉が注目の的となる「日本語ブーム」は、不景気なときに起こる傾向にあるようです。
ブームは戦後に何度か起こりましたが、例えばメディアで日本語ブームだと盛んに言われた昭和後期(1970年代)は、石油ショックの影響で実質経済成長率が落ち込んでいました。
平成にブームが起こった際(99〜2009年ごろ)も国内経済は低調でしたが、過熱ぶりは他の時期をしのぎます。
その初めの数年間で、大野晋(すすむ)「日本語練習帳」(99年刊)を皮切りに、斎藤孝「声に出して読みたい日本語」(01年刊)や柴田武「常識として知っておきたい日本語」(02年刊)などが立て続けにミリオンセラーやベストセラーとなり、続編・類書が多数刊行されたのです。
不景気な時代は、自分とは何者であるかというアイデンティティーが模索されるため、母語への関心が高まるともいわれますが、平成の大ブームにはほかにも理由があるようです。
折しも、小渕恵三首相の私的諮問機関「21世紀日本の構想」懇談会が「長期的には英語を第二公用語とする」と提言していました。背景には、英語を話せなければ国際的に不利な立場になるとの切迫感もあったのでしょうが、賛否相半ばしました。
さらにブーム末期には、水村美苗「日本語が亡(ほろ)びるとき」(08年刊)が議論を呼びました。同書は、インターネットの誕生で英語が「普遍語」として世界で流通していると述べ、日本語の地位も決して安泰ではない、と警鐘を鳴らしたのです。
こうした風潮に目を向けると、平成のブームは、台頭した英語公用語化論への危機意識の表れでもあったと考えられます。もっとも、提言は数年で立ち消えとなりましたが、英語はいま、国際語としての存在感をますます高めています。
そんなときだからこそ、今後の日本語について本格的に議論すべきなのではないでしょうか。
(田島恵介)