映画"Once Were Brothers"を二度観て観る度に感動し、The Bandの名曲"The Night They Drove Old Dixie Down"について、数日前に記事を書いた。
"The Night They Drove Old Dixie Down"は、The BandのRobbie Robertsonが合州国の南部でLevon Helmの父親から聞いた言葉をきっかけにLevonとともに南北戦争について探求しロビー・ロバートソンが書いた唄だ。通称ブラウンアルバムと呼ばれる'The Band'(1969)に収められているハイライトとなる曲だ。
ジェリーガルシアバンド*1やジョニーキャッシュ・オールマンブラザーズバンド・ジョン・デンヴァ―・ドービーグレイ・リッチーヘヴンズなど、いくつものカバーがあるが、そうしたもののひとつに1971年にJoan Baezがカバーしたものがある。
これは全く知らなかったが、ジョーン・バエズのカバーは1971年の10月ビルボード3位に輝いた。イギリスでも同じく10月にポップチャートの6位に輝いている。
ジョーン・バエズは、フォークの女王として、PPMなどと同様に、日本ではかなり有名だった。フォークソングに触れた人で「ドナドナ」や「花はどこへ行ったの」を知らない人はいないだろう。
ジョーン・バエズは、Bob Dylanとの交流もあり、たとえばI Shall Be Released (Live at Boston Music Hall, Boston, MA - November 21, 1975 - Aftern... - YouTubeのヴァージョンは素晴らしいパフォーマンスだ。彼女は、公民権運動やLGBT問題における人権意識の向上運動などactivist(活動家)としても有名である。
ジョーン・バエズの妹のミミ・ファリーニア(Mimi Farina)は70年代よりカリフォルニアはベイエリアで"Bread & Roses"という慈善コンサートを主催していて、サンフランシスコに半年いたとき(1981年)は俺もバークリーシアターに"Bread & Roses"を見に行ったことがある。"Bread & Roses"のTシャツも現地で購入した。
ファンではないが、ジョーン・バエズを特別嫌っているというわけでもないから、ここで彼女を批難したり、悪口を言いたいわけではない。
しかしながら、今回初めてJoan Baezの"The Night They Drove Old Dixie Down"(1971)を聞いて感じたことがあり、それを書く。
まず、The Bandのオリジナルの歌詞をところどころ変えて歌っていることに驚いた。
たとえば、主人公がダンヴィル鉄道で働いているのではなく、ダンヴィル鉄道の乗客になっている点("I rode on the Danville train")。
北部の兵隊に触れる箇所では、北軍の騎兵指揮官であったストーンマン(Stoneman)という具体的な名前を出していない点("‘Til so much cavalry came")。
リッチモンド行きの列車に乗る点("I took the train to Richmond")。
テネシー州に戻り、女房が蒸気船ロバートEリー号を指さす場面("Virgil, quick , come see, there goes the Robert E. Lee")*2。
父と同じく故郷はテネシー州の土に生きようとする決意を示すのではなく、単に労働者であると叙述している点("Like my father before me, I’m a workin' man")。
北軍に反抗する立場については、兄が反抗したというより、自分に視点を置いて、兄のように自分が反抗する立場をとったと表現している点("Like my brother before me, I took a rebel stand")。
誓いについては、故郷の土にかけてではなく、戦の血のりにかけて誓っている点("I swear by the blood below my feet")。
兄が敗北したと表現しているのではなく、itが敗北したとしている点("You can’t raise a Caine back up when it’s in defeat")。さて、このitは何を指すのか。南軍か。それしか考えられないが、正直よくわからない。
冒頭で主人公の名前を紹介する際、オリジナルは"Virgil Caine is the name"だが、ジョーン・バエズは、"Virgil Caine is my name"と紹介を始める。The Bandの「Virgil Caineというのがその名前でね」という始まりが、ジョーン・バエズ版では「Virgil Caineというのが私の名前でね」となっている。このふたつは、同じようでいて視点が変わるのではないか。
いずれにせよ、ジョーン・バエズ版は、あれこれと細かな点を変えているのだが、これらは小さな違いではなく、結構大きな違いとなっている印象がある。
ジョーン・バエズは、雑誌ローリングストーンズのインタビューで、1971年当時"The Night They Drove Old Dixie Down"の歌詞を印刷物で見たことがなく、The Bandの音楽を聞いてレコーディングしたと言っている。そんなことで母語話者が間違うのかとも思うが*3、後年、バエズは、ライブコンサートではロビー・ロバートソンの歌詞の通りに歌うようにしていたようだ。
さて、それはともかく、YouTubeには、ジョーン・バエズ版が結構ある。
例えば、以下は、大変面白かった。
Joan Baez - The Night They Drove Old Dixie Down (1971) [HD] - YouTube
このYouTubeの作成者は歌詞のイメージに合う画像をつけようと努力していることが伺える。YouTubeにアップする際の前書きもきちんと書かれていることからその丁寧さが伺える。
しかし、その歌詞が定冠詞 theのついたthe Robert E. Leeになっているにもかかわらず、画像にロバート・E・リー将軍、すなわち人物画像が張りつけられていたのは意外だった。
ただし、このYouTubeを閲覧した人たちの感想が書かれているコメント欄を注意深く読むと、一人だけだが、ロバート・E・リーは蒸気船であると指摘している人がいて、この指摘には嬉しくなった。
つまり、The The Bandの"The Night They Drove Old Dixie Down"の歌詞については、母語話者でも、解釈が分かれる可能性があるということなのだろう。そして意外にも解釈の分かれる認識の異なる母語話者はけっして少なくないということなのだろう。
安直に南北戦争の映画かイメージ動画を張りつけたYouTubeもある。単に南北戦争の映画かイメージ動画を張りつけただけだから歌詞には全く対応していない。歌詞の解釈には全く役に立たないが、南北戦争のイメージはつかめるだろう。
Joan Baez - The Night They Drove Old Dixie Down - YouTube
YouTubeにはカラオケヴァージョンもいくつかアップされている。そしてその再生数はけっして少なくない。カラオケは英語の発音では「オ」にアクセントを置いてカリオーキと発音され、すでに英語になっているが、Joan Baez版のカラオケヴァージョンがあるのは、合州国ではかなりカラオケで歌われていることを想像させてくれる。おそらくとくに南部では人気があり、それはThe Bandのヴァージョンではなくジョーン・バエズのヴァージョンなのではないか。バエズ版が、南部の白人に受けるということなのだろう。
以下はカラオケヴァージョンのひとつ。ジョーン・バエズ版の歌詞が確認できる。
The night they drove ol dixie down Karaoke - YouTube
バエズ版を聞いてもらえばわかるが、歌詞の点ではストーンマン(Stoneman)という具体的人物を削除し、乗客に設定し直してしまったことで主人公の鉄道勤務という仕事をなくし、さらに故郷の土に生きようとする主人公の決意*4を奪ってしまったことで、内容が薄まってしまったことは否めない*5。
もちろんジョーン・バエズ版は、オリジナルとは編曲も演奏も違う。
繰り返される'The night they drove old Dixie down'のコーラスの演出もどうなのか。ミューザック (Muzak)*6とは言わないが、The Bandのオリジナルとは別物とすら言えるだろう。
ということで、Joan Baezのヴァージョンを初めて聞いてみたのだが、いろいろな意味で面白かった。
*1:Jerry Garcia Band のヴァージョンは、YouTube でいくつか観ることができる。Jerry Garcia Bandのヴァージョンはまるで鎮魂歌だ。The Night They Drove Old Dixie Down (Live) - Bing video / Jerry Garcia Band - The Night They Drove Old Dixie Down 11/9/1991 - YouTube
*2:The Band のオリジナルヴァージョンのように、蒸気船という解釈ではなく人物であるという歌詞ももちろんある。グリール・マーカスによれば、リー将軍を蒸気船に変えたのはジョーン・バエズであると書いている。
*3:これはやはり意図的に変えたのだろう。その理由は、南部の貧しい白人のルサンチマンに簡単には乗れなかったということなのだろう。つまり、「保守的」な政治性を抜き取る必要性があったのだろう。あるいは、作者の想像で、証拠となる史実がないため、より現実的なイメージに変えたのかもしれない。
*4:主人公の決意とは、おそらく林業と農業に生きるということ。
*5:意図的に内容を薄めなければならなかったのだろう。
*6:ミューザックとは空港などで流れているBGMのような音楽のこと。