Robbie RobertsonとThe Bandの映画 "Once Were Brothers"は昨年12月に劇場で観て、すでに記事も書いたが、"Once Were Brothers"を観ませんかとお誘いがあったので、そのお誘いを受けてミニシアターに出かけた。
二度目であったが、映画"Once Were Brothers"はやはり泣けてしかたなかった。
映画の最後を飾る"The Night They Drove Old Dixie Down"と"Ophelia"のリードヴォーカルはリーヴォンの担当で、あの映画はロビー・ロバートソンによる、The Bandのメンバーに対する、とりわけリーヴォン・ヘルムに捧げたものではないかと12月の記事で書いたが、今回再度観てその思いを強くした。
今回は、リーヴォンに対するオマージュと思われる一曲"The Night They Drove Old Dixie Down"についてWikipediaやSongfacts、WordReference、YouTubeなどを参照しながら書いてみたい。
歌詞については例えば以下を参照のこと。
The Night They Drove Old Dixie Down Lyrics
The Bandの二枚目のレコード“The Band”は、アメリカをテーマにしたコンセプトアルバムとして知られている。曲名の”The Night They Drove Old Dixie Down”のDixieとはもちろん南部のことをいうのだが、この場合、もちろんアメリカ連合国(Confederate States of America)を指している。名盤とよばれるいわゆるブラウンアルバムの中で、'The Night They Drove Old Dixie Down'は、南北戦争を背景とした強力な一曲になっている*1。
映画”Once Were Brothers”の中でロビー自身が語るように、作り手のRobbie Robertsonは、トロント出身だが、母方からモホークインディアン*2と父方からユダヤ系の血を受け継いでいる。
そのロビーが合州国の南部のミシシッピデルタを訪れた際、Levonの父親から*3、“The South will rise again”(「(南北戦争の敗北から)南部は必ずまた立ち上がる」)という言葉を耳にする。だから、”The Night They Drove Old Dixie Down”は、ロビー・ロバートソンの彼自身のアイデンティティによる唄ではない。アメリカ南部の歴史と出会い、アメリカ人、とりわけ奴隷をもつことなど考えられない貧しい白人の南部人の気持ちに触発され、学び、深めてつくった唄といえる。南部の貧しい白人の視点だから、「(北部の)連中が南部を倒した夜」(The Night They Drove Old Dixie Down)なのだ。
唄の主人公Virgil Caine*4は架空の人物であり、The Bandはこの唄をバンドの中で唯一のアメリカ人であり南部人でもあるLevon Helmにリードボーカルをとらせた。いわばこれは劇でいうところのあて書きということになる。ともすれば日の当たらない敗者の南部人に光をあてたということにはなるけれど、あて書きの手法をとったことは、北部と南部のどちらが正義であったかというような二元論的な論理の問題ではなく、もっと万人に共通の人間の気持ちを率直に説得力をもって表現したかったということなのだろう。
さてVirgil Caineとは創作上の架空の人物の名前だが、ケイン(Caine)という名は、南部の重要な作物のひとつであるsugar cane(さとうきび)と発音を同じくするためうまい名づけ方だという指摘をどこかで読んだ記憶がある*5。さらにケイン(Caine)という名前は、唄の終盤で"You can't raise a Caine back up when he's in defeat"という一文でも登場させている。この一文については後に詳述するが、Virgil Caineは架空の名前としてよく構想された名前だと感心せざるをえない*6。
そのVirgil Caineが、ヴァージニア(Virginia)州のダンヴィル(Danville)で鉄道の仕事をしている。
リッチモンド・ダンヴィル鉄道(Richmond and Danville Railroad)とは、19世紀にヴァージニア州内のリッチモンドとダンヴィルをつなぐ鉄道として発展し、のちに9州にまたがる鉄道となった*7。唄にも登場するリッチモンドは、南軍の首都であり、南北戦争時代には、リッチモンドから南部各地に物資が運ばれていたことからリッチモンド・ダンヴィル鉄道は南軍のいわば命綱(ライフライン)であった。
当時は北軍に所属していたジョージ・ストーンマン(George Stoneman)*8は兵を引き連れ鉄道を破壊しようとしていた。その鉄道で働いていたVirgil Caineは、北軍のストーンマンによって鉄道が破壊されることにより仕事を失ってしまう。
唄によれば1865年の5月10日までには南軍の首都であるリッチモンドは陥落してしまう。南部の敗北である*9。その頃のリッチモンドがどういう状態であったか。戦禍の惨状をYouTubeで見ることができる*10。
南北戦争と一言でいっても、広大な北アメリカ大陸で4年もの間、どのように展開されたのか。われわれ日本人にはイメージがつかみにくい。実際、南北戦争は広大な地域で戦われたが、主な戦線としては、東海岸の東部戦線とアパラチア山脈以西の西部戦線とに大別されるようだ。そして規模の大きな戦いが繰り返しおこなわれたのは東部戦線のほうだった。これは、アメリカ合州国が東部13州から植民が始まり人口が多かったことと、北部の首都ワシントンと南部の首都リッチモンドのいずれもが東部に位置していたというのがその理由である。両首都は、わずか160kmしか離れておらず、ワシントンはポトマック川をはさんで南部領と隣接していたのである。
さて、視点を変えて言えば、アメリカ連合国(Confederate States of America(CSA))とは、短命に終わった北米未承認の共和国といえる。1861年から始まり1865年に降伏し消滅した。
このCSAには11州が参加した。1860年12月にサウスカロライナ州が合州国から脱退を宣言。1861年2月までにミシシッピ州、フロリダ州、アラバマ州、ジョージア州、ルイジアナ州、テキサス州も合州国からの脱退を宣言する。この7州が2月4日にアメリカ連合国を結成。首都はアラバマ州モンゴメリーにおいた。5月までにバージニア州、アーカンソー州、テネシー州、ノースカロライナ州も連合国に合流する。ヴァージニア州はアメリカ有数の有力州であり、このとき連合国の首都もアラバマ州のモンゴメリーからヴァージニア州のリッチモンドに移された。ただし奴隷州であってもデラウェア州、ケンタッキー州、メリーランド州、ミズーリ州、それにヴァージニア州の西部(後にヴァージニア州から「独立」してウェストヴァージニア州となる)は合州国に残った。
こうして1865年の冬は、4年にわたる南北戦争(1861-1865)の最後の時期にあたり、歌詞にある通り、まさに食い物もなく腹を減らし、やっと生きている状態だった("In the winter of '65, we were hungry, just barely alive")。
Wikipediaによると、北軍と南軍の両軍合わせて50万人近くが戦死した。合州国史上最悪の戦没者数となったのが南北戦争*11である。
南部人のVirgil Caineに限らず、その頃のことを忘れられずよく覚えているのは当然のことだろう。'The Band'というアルバムが出たのが1969年。南北戦争が終結したのが1865年。約100年前のできごとなのだから。
主人公が女房といっしょに故郷のテネシー州*12に戻ると、ある日、ほらあそこをロバート E リー(Robert E. Lee)*13が通るわよと女房に言われる*14。悲嘆したVirgil Caineにとっては、いまやどうでもいいという気持ちなのだろう。奴の気持ちはこうだ。木こりの仕事もいとわない*15儲からなくても気にしない。欲しいだけ取っていくがいい。少し残してくれればいい。でも連中が俺たちの最高のもの(the very best) *16を奪い取る*17ことは許されなかったはずだ(南部の魂までは奪えやしないのだから)。
主人公Virgil Caineの決意は、父さんのように、そして北部に抵抗の立場をとった兄さんのように、故郷のこの土地で土を耕すこと。兄さんは18歳で誇り高く勇敢だった。でも一人のヤンキー(北部人)がそんな兄さんを墓場に追いやった。主人公は足元の土*18に誓って言う。"You can't raise a Caine back up when he's in defeat"と。「(兄は)負けたんだ、ケイン家の一員を生き返らせること(再びわざわいを起こすこと)などできやしないんだ」と。
この"You can't raise a Caine back up when he's in defeat"は、歌詞の中で最も重要な一文だろう。しかも解釈がむずかしい。重複した意味が込められていると思うのだが、いずれにせよ、和訳することは困難だ。
無理を承知で試みてみる。
"raise a Caine"は、固有名詞に不定冠詞の a がついているから、ケイン家*19の一人*20をraiseするの意味になる。このraiseの意味がとらえにくいのだが、'raise someone back up'は「再び高く持ち上げる」「再び育て上げる」「再び立たせる」ほどの意味だろう。raise the deadで「死者をよみがえらす」「生き返らせる」という意味もあるから、ここではあえて「生き返らせる」を採用してみた。つまり、「兄は敗北したから、ケイン家の一人(兄)を生き返らせることなどできやしない」「敗北した時にケインを立ち直らせることはできない」。これが文字通りの意味になるだろう。
以下は大事なことだが、二次的なことになる。
ところで、'raise Cain/hell'はアメリカ英語ではよく知られているイディオム表現で、”raise Cain/hell"は、"to cause trouble; to get into trouble(問題を起こす、問題状況に巻き込まれる)"to behave in a wild , noisy way that upsets other people(騒いで他人に迷惑をかける)"という意味がある。父親と息子の関係性をテーマとする"Adam Raised a Caine"(1978)という唄がBruce Springsteenのアルバム"Darkness On the Edge Of Town"にあって、これはかけだし英語教師の頃にリアルタイムで知っていた。つまり、"raise a Caine"と聞けば、少なくともアメリカ人は"raise Cain"を思い出すはずである。"raise a Caine"と聞けば、"raise Cain"と関連して聞くはずだと言いなおしてもよい。
「アダムがカインを育てた」。「わざわいが引き起こった」とは、アダムとイヴの息子たち、すなわちカイン(兄)がアベル(弟)を殺害する『創世記』の神話から来ている。この表現によって、南北戦争が、まさにbrothers(兄弟)間で起こった熾烈な戦いであるということをほうふつとさせることは間違いのないところだろう*21。
そして、どういう意味を帯びるのか。負けたのだから、戦は終わったのだから、兄弟間の争いのような南北戦争のようなわざわいを再び起こすことなどできやしないんだという一般論を歌っているように、確信はないが、そのように聞こえる。死んで花実が咲くものかと。
北部にやられてしまった南部。その気持ちが'The Night They Drove Old Dixie Down'という唄において見事に歌われているといってよいだろう。
さて、繰り返されるThe Night They Drove Old Dixie Downのイメージだが、はじめて聞いたときはdriveに引きずられて、「進軍」するイメージに聞こえてしまったのだが、drive Dixie down の文構造は drive somebody crazy と同じ文法構造だから、「俺たちの南部を北部の連中がダウンさせた(倒した)夜」となり、「北軍(北部)が南軍(南部)を征服した夜」ほどの意味になるだろう。drive somebody/something down としたのは、Drove Dixie Downと詩作上dの音を三つ並べたかったからだろう。
”The Night They Drove Old Dixie Down”は歌詞としてよく練られている。よく韻を踏んだ美しい歌詞だ。歴史意識とともに主人公の気持ちをしっかりとつかまえている。まさに一瞬にして古典になった一曲という他ない*22。*23
さて”The Night They Drove Old Dixie Down”はいろいろなアーティストがカバーしている。たとえばJoan Baez版は、あちこちの歌詞が変えられていて、The Bandのオリジナル曲の魂が骨抜きになっている。YouTubeを検索してみるとジョーン・バエズ版のカラオケがいくつかアップされている。おそらく南部では、ルサンチマンをもとに南部のナショナリズムをくすぐる、カラオケでも歌われるポピュラーな曲となったのだろう。ヒットしたジョーン・バエズのカバー曲をLevonが嫌ったというのも納得がいく。
The Last Waltz以降、Levon Helmは、”The Night They Drove Old Dixie Down”を演奏しなかったという。Harvard University Press Blog(The Night They Drove Old Dixie Down - Harvard University Press Blog (typepad.com)によれば、リーヴォンが”The Night They Drove Old Dixie Down”を歌わなくなったのは原作者をめぐる争いごとが生じたからだというが、それだけが理由だったのか、ほかに理由はなかったのか、かなわぬことだが、リーヴォンから聞いてみたかったところだ。
*1:'The Night They Drove Old Dixie Down'の評価が物議を醸しだしていることも事実のようだ。その意味でも、The Bandの全作品の中で問題作の一曲といえる。
*2:モホークとカユーガの子孫(Mohawk and Cayuga decent)であるロビー・ロバートソンには、ネイティブアメリカンズの語り部への共感があるのだろう。映画でもネイティブアメリカンズの居留地(the Six Nations of the Grand River reserve)での音楽体験を語っていた。また絵本も書いている。Hiawatha and the Peacemaker by Robbie Robertson (goodreads.com)
*3:DVDでロビーがそのように言っていた記憶がある。新たにロビー・ロバートソンのインタビューRobbie Robertson Discusses Meaning Behind "The Night They Drove Old Dixie Down" - YouTubeを見たらやはりそう言っていた。
*4:Cain/ Cane/ Kaneと綴られているものがある。
*5:さとうきびは、合州国ではとくにルイジアナ州とフロリダ州が盛んな州。
*6:Virgilという名前は日本人には馴染みのない名前かもしれないが、古代ローマの詩人の名前であったり、ダンテの「神曲」において地獄の道案内役の名前がまさにVirgil。フランス絵画に「ダンテとヴァージル」という絵もある。
*7: Richmond and Danville Railroad - Wikipediaより。
*8:George Stoneman - Wikipediaより。ストーンマンは南軍と北軍と渡り歩いた人物のようだ。このストーンマンだけでも記事が書けそうだ。
*9:Wikipediaによれば、1865年4月9日にリー将軍はグラント将軍に降伏したが、その後も戦火の残り火は続いたという。
*10:南北戦争でリッチモンドがどのような被害にあったのかは、次のようなYouTubeで見ることができる。RICHMOND APRIL 1865 - YouTube
*11:映画「リンカーン」について、本ブログでも記事を書いたことがあり、その記事で奴隷解放問題についてのリンカーンの立場について触れたことがある。https://amamu.hatenablog.com/entry/20130526/1369715558
*12:テネシー州も南軍の11州のひとつ。文脈上主人公の故郷だろう。
*13:The Bandのオリジナル版では定冠詞のtheはついていないと思う。もし the がついているとすれば、それはロバート・E・リー号という蒸気船のことを言っていると解釈できる。以下、参照のこと。https://en.wikipedia.org/wiki/Robert_E._Lee_(steamboat) 。ただしこの the Robert E. Lee vs. Robert E. Leeには論争があるようだ。Levonによる解釈は蒸気船ではないという。ただし、実際にテネシー州でロバート・E・リー将軍を見ることができたかどうか。史実にもとづいた歌詞であるかどうかはまた別問題である。さらに'Mystery Train'(1975)を書いたGreil Marcusによれば、「バエズは、ザ・バンド版では将軍であるロバート・E・リーを船にしてしまったのだ」(三井徹訳)とある。
*14:言うまでもなくロバート E リーは南軍の総指揮官であり、もちろんこれは人物である。theをつけて歌われる場合は、Robert E. Leeと名づけられた蒸気船と解釈できる。その場合の和訳はもちろん「ロバート E リー号」になる。
*15:"I don't mind chopping wood"は、家事として「薪を切っている」のか、木こりの仕事なのか、判然としないが、文脈上おそらく生業の仕事にちがいない。
*16:このthe very best が何を指しているのか。「最高のもの」一般に限らず、大切な兄・南部の魂などの解釈も可能だろう。
*17:歌詞はtake だが、北部を念頭に置いている文脈上(それとも南軍の軍人や政治家も意味しているのだろうか)、「奪い取る」「奪う」となる。「取る」では弱いと考える。
*18:mud vs. bloodも、論争があるらしい。私見では、土に関連するmudのほうがここではふさわしいと感じる。
*19:Cain(e)は、日本語では、カインと筆記されることが多いだろう。
*20:不定冠詞の a は、「ケイン家の一員」と取るのが通常だが、一般化して、「敗北したケイン家の一員のような」と解釈することも可能かもしれない。
*21:たとえば、以下を参照のこと。You can't raise a Cain back up when he's defeat | WordReference Forums
*22:以下、The Night They Drove Old Dixie Down - Wikipediaより。
Critic Ralph J. Gleason (in the review in Rolling Stone (U.S. edition only) of October 1969) explains why this song has such an impact on listeners:
Nothing I have read … has brought home the overwhelming human sense of history that this song does. The only thing I can relate it to at all is The Red Badge of Courage. It's a remarkable song, the rhythmic structure, the voice of Levon and the bass line with the drum accents and then the heavy close harmony of Levon, Richard and Rick in the theme, make it seem impossible that this isn't some traditional material handed down from father to son straight from that winter of 1865 to today. It has that ring of truth and the whole aura of authenticity.
*23:The Night They Drove Old Dixie Down - Wikipediaは、21世紀になって、この唄は奴隷制賛歌ではないかという批判があると紹介している。今日的議論としては当然の議論であり、そうした再評価と振り返りにWikipediaが触れていることも当然であろう。国会議事堂に置かれていたリー将軍の銅像も、再評価を受け、置き換えられる時代状況であるのだから。国会議事堂からリー将軍の彫像が撤去されたのは2020年12月のこと。以下参照のこと。Robert E. Lee statue removed from U.S. Capitol (nbcnews.com)