映画"Lincoln"を観てきた

Lincoln

 スピルバーグ監督の映画「リンカーン(Lincoln)」を映画館で観てきた。
 断るまでもなく、私は映画評論家ではないし、歴史家でもない。
 スピルバーグ監督によるこの映画を、映画としての視点を中心にして語ることは可能だろう。YouTubeでそうした視点でコメントしていたものがアップされていた。けれども、歴史上の人物を扱っているのだから、全く史実に触れないわけにもいかないだろう。
 歴史を語るには当然のことながら資料が必要であるけれど、歴史に少し関心があるくらいの私がそれほどの資料にアクセスできるはずもない。
 インターネット以前なら、書籍を注文し読むくらいしかできなかったけれど、しかしながら、今日ではインターネットがある。
 玉石混交の情報ではあるけれど、WikipediaYouTubeが利用可能だ。多少の新聞も読める。
 また、歴史であれば、論争・論議としてさまざまな意見にアクセスできれば、多少はより批判的に(critically)ものを見ることができるようになるだろう。
 たとえばHoward Zinnの功績を受け継ぐZinn Education Projectでは、この映画についてどのような意見が掲載されているかくらいは見てみたい。
 YouTubeなら、Steven Spielberg監督のインタビューがあるだろうから、それも見てみたい。
 インターネット以前は、アメリカ合州国のTV, Moviesを知るには、分厚いレファランスブックを買ったりしていたが、今はIMDdがある。
http://www.imdb.com/title/tt0443272/?ref_=sr_1
 私は希望に反してそれほど映画をたくさん見ているわけではないから、主な俳優陣で私が知っていたのは、Sally Field、Tommy Lee Jonesくらいで*1、主役のDaniel Day-Lewisも知らなかった。


 さて、歴史について少し考えてみよう。
 Howard Zinnの"A People's History of the United States"を児童向けに編集した"A Young People's History of the United States"という本があるのだが、映画を観てから南北戦争を扱っている第9章を読んでみた。
 そこにはリンカーンの微妙な立ち位置が描かれていて興味深い。
 端的にいえば、ビジネスというものを理解していたリンカーンは、北部の銀行家やビジネスマンの利害を代表し、その拡大をめざした。自由な土地、自由な労働市場を確保し、手工業者たちのための税制を拡充したかった。それは共和党の代表する利害と一致していた。リンカーンの重要な関心は、北部から脱退しつつあった南部を北部に取り戻すことであって、北部を中心としたアメリカ合州国の統一にあった。あくまでも統一国家を守ることに関心があり、そもそも奴隷制維持でも、奴隷制廃止でも、そのいずれでもなかった。奴隷解放せずに統一国家を守れるのであれば、奴隷は解放しない。奴隷を解放しなければ、統一国家が守れないのであれば、奴隷を解放するというのがそもそものリンカーンの立場であった。しかしながら内戦は悲惨となり*2、北部の勝利したい気持ちが強化されるにつれ、リンカーン奴隷制に真剣に反対するようになり、1863年1月1日、奴隷解放宣言(the Emancipation Proclamation)をおこない、その2年後に、第13条(the Thirteenth Amendment)を通すことになる。
 スピルバーグの映画「リンカーン」は、暗殺されるまでの数カ月を扱っている。


 Zinn Education Projectを閲覧してみたら、30年間高校で歴史を教えてきたBill Bigelow氏が、まさに「奴隷廃止論者」(the abolitionist)として、主役の演技は素晴らしいものの、スピルバーグの映画「リンカーン」によって、今後、歴史の教師は苦労することになるだろうと問題提起している記事があった。つまり問題は、リンカーンが「奴隷廃止論者」(abolitionists)の一人ではなかったということにある、ということが氏の論点である。

Here's a history quiz to use with people you run into today: Ask them who ended slavery.

I taught high school U.S. history for almost 30 years, and as we began our study, students knew the obvious answer: Abraham Lincoln. But by the time our study ended, several weeks later, their "Who ended slavery?" essays were more diverse, more complex -- and more accurate. In coming months and years, teachers' jobs will be made harder by Steven Spielberg's film Lincoln, in which Daniel Day-Lewis gives a brilliant performance as, well, Lincoln-the-abolitionist. The only problem is that Lincoln was not an abolitionist.

http://www.huffingtonpost.com/bill-bigelow/rethinkin-lincoln-on-the-_b_2294455.html


 また、別の識者William Loren Katz氏は、Tommy Lee Jonesの演技を高く評価している。それは、Thaddeus Stevens議員の再評価とかかわっている。
 これを読んだ印象では、Thaddeus Stevens議員はもともと熱烈な奴隷廃止論者であり、映画で表現されていたようなリンカーンが13条を通過させるために説得工作が必要な人物ではなかったと。これはハリウッド映画だと断じている。 

Despite his differences with the new president, Stevens forged a respectful alliance with the politician he came to call "the purest man in America." As chairman of the House Ways and Means Committee that controlled the war's finances, Stevens was the most powerful member of the House. Lincoln held the power to make emancipation permanent. The two needed each other. In the 2012 movie Lincoln, Stevens is cast as the radical whom Lincoln must tame to ensure passage of the 13th Amendment. This is Hollywood drama. The ardent abolitionist was as cagey a politician as Lincoln, and needed no persuasion to support his life's goal.

http://www.huffingtonpost.com/the-zinn-education-project/rooting-tommy-lee-jones_b_2736045.html


 今回の投稿でスピルバーグ監督の映画そのものを論じているわけではないが、あれこれの情報にアクセスできる今日、少なくともそうした情報にできるだけ多く接して、批判的に考えなければならないことは確かだ。




 

*1:あとはHal Holbrook、David Strathairnくらいか。

*2:3000万人中60万人が死亡したという。単純に計算して50人に1人の割合になる。